北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

必要だからやるのです~ローマ人のインフラ整備

2016-06-28 22:56:50 | Weblog

 

 一つの時代を築いたローマ帝国とローマ人を鮮やかに描き出した塩野七海さんの『ローマ人の物語』。

 単行本では全15巻に及ぶ大部ですが、ひときわ異彩を放っているのが『すべての道はローマに通ず』というタイトルのつけられた第十巻です。

 それまでがローマ帝国の歴史とそれを作り上げたそれぞれの時代の人に注目して書かれているのに対して、この巻だけはローマ人のインフラ作りに焦点があてられて書かれているのです。

 注目されたインフラ対象は、ハードなインフラとしての道路(ローマ街道)、橋、水道、そしてソフトなインフラとしての医療と教育で、それらについてあくまでも合理的な思考をするローマ人の視点で描かれています。

 ただはじめのうち、塩野さんはインフラについて書こうか書くまいかを迷っていた時期があったのだそう。そしてそれがふっきれたのは『将来の首相候補と目された政治家との対話だった』と書かれています。

 その政治家は、「総理になったら何をすべきだと思うか」と塩野さんに問いかけ、塩野さんは即座に「これまでにない抜本的で画期的な税制改革をおいてほかにはない」と答えました。
 すると相手は「税の話では夢がない」と言い、即座に塩野さんはこう言い返したのだと。

「夢とかゆとりとかは各人各様のものであって、政策化には欠かせない客観的基準は存在しない。政治家や官僚が、リードするたぐいの問題ではないのです。政治家や官僚の仕事は、国民一人一人が各人各様の夢やゆとりを持てるような、基盤を整えることにあると思います」(p19)

 このエピソードによって塩野さんは、古代に生きたローマ人が「公と私」をどのように区別していたのかを問い、その答えは『人間らしい生活を送るためには必要な大事業』と定義していた彼らのインフラを取り上げることで得られるのではないか、と考え、この巻を書き上げる気持ちになったのだと。

 おかげで今日の私たちは、インフラに対して極めて冷静で合理的な考えを持ったローマ人の思想哲学に触れることができるようになりました。政治家って誰だったんでしょうねえ。

            ◆ 
 
 ローマ人は彼らの帝国時代を通じて8万キロに及ぶ街道を整備しました。

 彼らは征服した土地に軍隊を常駐させずにいざ何かがあれば街道を使って軍隊を早急に派遣するという手法を選び、そのためには高速で移動できるインフラが絶対的に必要だったからです。

 そしてその街道があるために街道沿いの市民たちの利便も向上してゆくこととなり、ローマ帝国にとっての街道、道は『経済力があるからやるのではなく、インフラを重要だからやるのだということを示している』と塩野さんは書いています。(p34)


 別なところで塩野さんは、かつてのローマ街道の一つであるアッピア街道が復元された様子に憤慨しています。
 
 それは、街道が現代人にも利用されねばならないという考えが入り込んだことで、往時の姿をとどめない遊園地のようになってしまった、からでした。

 復元がせめて一部分だけでもローマ時代のようになされていれば、『敷石のふちが丸くすり減っているのは、ローマ帝国が衰退し始めて以降の長い間のメンテナンスの欠如ゆえということもわかるだろう』と塩野さんは言います。

 そして『メンテナンスの欠如とは、それを担当していた組織が機能しなくなるから生ずる現象であり、国家が機能しなくなるということは個人にも影響を与えずにはすまない、ということにも、想いを馳せるようになるだろう」とも。(p41)

 作ったものをメンテナンスするのは社会(=その時代の国家)の仕事であるとローマ人は当たり前に考えていました。現代日本が、お金を使うことが果実を生む先への投資であるべきという考え方にとらわれ過ぎてはいないか、という警鐘にも思えます。

 「ローマ人の物語 第十巻 すべての道はローマに通ず」はインフラに関わる者にとっての必読本です。
 

 ※過去に読後のレビューを書いたつもりでいましたが、調べてみたら書いていなかったようでした。ふーむ。

コメント
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