東日本大震災は3月11日、発生から1年を迎える。
死者1万5854人、行方不明者3155人。(3月10日現在)
犠牲者の方のご冥福をお祈りするとともに
被災者の方には、心からお見舞い申し上げます。
そして1日も早く復興されますことを心から願っています。
地震発生の午後2時46分には、静かに黙とうを捧げたいと思います。
宮城県南三陸町です。 南三陸町は、かつてはこんな美しいところでした。
写真は、私のブログ友、hiderinnさんこと、佐藤秀昭さんのブログからお借りしました。
2011年3月11日 14時46分 地震発生。
写真 15時28分54秒。
宮城県南三陸町、八幡川河口です。
水門の左右の堤防が破壊され・・・
15時30分16秒。
全ての防潮堤を破壊し、町に押し寄せる津波。
15時31分15秒。
15時31分20秒。
15時31分49秒。
15時33分12秒。
15時34分49秒。
15時41分51秒。
15時45分47秒
15時48分32秒。
17時21分02秒。
そしてその日の夕方、雪となった。
昨年の10月、亡き友人の娘さんから、1通のお手紙が届きました。
それは宝塚歌劇団 月組 妃乃あんじさんからでした。
妃乃あんじさんは、昨年の10月に、宝塚を退団しました。
自分自身と向き合い、精一杯走り続けた9年間であったこと
たくさんの思い出をありがとうと言った内容のお手紙と、近況報告でした。
近況報告では、昨年11月半ばから、宮城県南三陸町へ1人で
ボランティア活動に行っていたとのことでした。
宝塚退団にあたり、私たちファンが贈った、お花代やご祝儀を
宮城県南三陸町の佐藤町長様に、義援金として、お渡ししてきたとの報告でした。
そして今後、妃乃あんじ主催のボランティアツアーを企画するとのこと。
また、南三陸町へ、1口1000円からの義援金を募っていました。
2012年1月28日、29日には、東京、関西、九州などから
43人が参加して、南三陸町で、ボランティア活動をされたらしいです。
2012年1月30日の読売新聞です。
社会面31面に、彼女のことが載ってあります。
震災の起きる直前、2011年2月28日に
彼女は、最愛の母(当時56歳)をがんで亡くしました。
その後10月に宝塚歌劇団を退団。 翌、11月に、宝塚市と支援協定を結んでいた
宮城県南三陸町を訪れ、義援金渡し、ボランティアを続けたのでした。
ボランティアツアーは、東日本大震災1年となる
3月11日12日にも、南三陸町へ行かれます。
何か自分ができることを・・・
誰もがそう思って、被災地にエールを送っています。
ここに1冊の本があります。
東日本大震災直後からツイッターで綴った「詩の礫」が、多くの人の共感を呼び、
以来、震災の意味を問い続けている詩人・和合亮一さん。
耐えがたい絶望と怒りは、しだいに新たな一歩を踏み出すための決意の言葉へと変わっていった。
そして甚大な被害をこうむった南三陸町在住の佐藤秀昭さんが撮った
美しいふるさとの写真とのコラボレーションによる、写真詩集。
「私とあなた ここに生まれて」は、2012年3月8日発売されました。
皆さんも、書店で手に取って、この本をご覧いただけたら嬉しく思います。
南三陸町の美しい風景写真と共に、鎮魂の言葉が綴られています。
小さな川が たくさん 流れていて
小さな橋が たくさん かけてあって
大きな木が すこし 揺れていて
大きな店先に すこし 吊るされている
干し柿 ふるさと
この美しい南三陸町の街を もう一度蘇えらせたい。
誰も知らない
深い森の中で
私の足跡だけが
少しも消えずに
残っています。
写真の佐藤秀昭さんは、東日本大震災で自宅が流され
長年撮りためていた写真を全て失いました。
けれど友人に預けていた約1000枚の写真が、奇跡的に手元に戻り
その中から選んだ写真を掲載して、この本が出来ました。
もう決めたこと 心が決まったこと
根を下ろし 枝を広げて
冬の凍てつく 空を持ち上げ 叫ぶような
決意の木に その熱い頬を 押しあてよ
決意せよ
2011年春、それでも桜が咲きました。
今年も被災地に、美しい桜が咲く。 希望の桜が咲く。
もう 泣くのは止めよう
だけど止まらない
泣かないでいよう
もう泣くのは止めよう
泣きたくないのに 泣いている
僕じゃなくて
涙が泣いている
涙も 泣くんだね
本の最後に綴られた言葉(詩)と写真です。
2012年3月11日、テレビ朝日・スーパーJチャンネル特番で
午後1時から、南三陸志津川中学校高台から、3時間のライブがあります。
キャスター渡辺宜嗣さんとジャーナリスト大谷昭宏さん、そして私のブログ友
この本の写真を撮られた、佐藤秀昭さんも生放送に参加されます。
日曜日、お時間あれば、テレビ朝日を見てください。
東日本大震災から1年。 私には今、何ができるのだろうか?
私には、祈りを捧げることしかできない。
よく人は、好きなものを断って、「願かけ」をすると言います。
神さまに願いごとをするには、それだけの覚悟を要するという意味。
ならば・・・しばらく「筆を折って」、被災地の復興を願い、追悼の祈りを捧げたい。
ブログ、3~4日、お休みさせてください。
「3.11」を静かに迎え、黙とうを捧げたいと思います。