今日のフォト。 住吉大社の太鼓橋。
初詣の時は、大勢の人が太鼓橋を渡るのに、今日は、ひとっ子一人いない。
それでもどこかのテレビ局の 取材が入っていたり。
「すみよっさん」の愛称で親しまれている、住吉大社です。
その住吉大社の正面鳥居の 横の灯篭の前には
こんなのぼりが、立てられています。
住吉大社の敷地内に、大相撲の「立浪部屋」の稽古場があるのです。
力士たちは、ここで稽古をしています。
そして一般の人が、稽古を見ることができます。
大相撲春場所開幕前の今は、午前7時から9時までの2時間。
午前7時の様子。
まだ力士(兄弟子)が、全員揃っていません。
土俵の上には・・・。
立浪部屋の力士の名前を書いた表が、貼られています。
これが立浪部屋の力士たちの名前(プロフィール)です。
ほとんどの力士は、足にテーピングをしています。
7時ごろには、筋トレみたいなことをしていました。
全員揃って、稽古が始まりました。
土俵では取組み、土俵の下では、各自、筋トレ。
よく怪我をしないものだと思います。
おっとっとっと・・・・。
兄弟子の胸を借りて、胸を押して、兄弟子を後ろへ移動させる。
土俵の砂が川の流れのようになっているでしょ?
結構大変な練習のようで、ハアハアと息を切らしています。
途中で、土俵に水をまいて・・・。
ほうきで履いて、お清めの塩を撒いて、また稽古が始まる。
観客用に、椅子が20脚ほど用意されていて
1列目は力士が倒れて来ると危ないし、2列目の
この場所ならストーブが近いからと、この男性の後ろに座りました。
そしたら何と、この方は、「立浪部屋の親方」だったのです。
途中から、力士に指導し始めたのでわかったし
横にいた相撲好きのおじさんが、親方だと教えてくれました。
お清めの塩と、飲み水です。
土俵の上では・・・
稽古と言えども、熱戦が、繰り広げられていました。
下で倒れた人、土俵に顔がぺちゃんこ。
でも上で倒れた人は、土俵の下に落ちて、こちらの方が重傷。
2人とも怪我しなくて、よかったです。
2時間余りの稽古は無事に終わり、最後に力士たちは土俵に上がり
決めごと(ルール)みたいなことを唱えていました。
観客は口々に、「お疲れさま~」って。
こんな風に並んで、写真を撮ってもらう人もいます。
私は若い力士に、写真を撮らせていただきました。
平成7年生まれ(17歳)の力士です。
「がんばれ、がんばれ、がんばってね~」と、伝えました。
さて、大阪では、2年ぶりの春(三月)場所です。
貴乃花親方が中心となって、大相撲&吉本のWチケットを売り出したり
サッカーのG大阪戦の時には、ちゃんこを振る舞ったり
力士たちと一緒に、東日本大震災の義援金を集めたりと、話題が多い。
2011年2月、大相撲八百長問題が発覚し、3月13日からの大阪場所を中止した。
1946年、国技館改修の遅延で、夏場所を開催できなかった時以来、65年ぶりの中止だった。
国技である大相撲の不祥事に、国民は落胆し、怒りが込み上げてきた。
そんな矢先に、東日本大震災は起きた。
国民の気持ちは、八百長問題から震災へと移っていった。
八百長などという、くだらないことは、もうどうでもよかった。
大阪場所で望むことは、1番1番、真剣勝負で取り組んでほしい。
日本の国技であることを忘れず、常に品格を持って、取り組んでほしい。
さて、久しぶりに、この方の写真をお届けしましょう。
現役時代、良くも悪くも、人気ありましたね。
この人が、土俵に上がると、勝つか負けるか、気になった。
2009年春場所10日目、朝青龍対日馬富士の取組み。
取組みが終わった後の、「ワ~ッ~~」と言っているのは、私です。(笑)
座布団、飛びまくり。
この時、当時82歳の友人のお母さまは、座布団を投げたのですよ。
大阪の街をお相撲さんが歩いているのを見ると、毎年「春が来た」と思った。
これまでの不祥事を糧に、より一層、相撲に精進してほしい。
震災から1年となる3月11日の春場所初日には、恒例の協会あいさつの際
全幕内力士が土俵に集まり、黙祷(もくとう)を 捧げることが発表された。
貴乃花親方によると、初日に被災地の子供たちを
会場に招待することも、計画しているという。
さまざまなことを乗り越えて、東北にも大相撲にも、「3月11日」がやってくる。