![]() | とぼとぼ亭日記抄 |
クリエーター情報なし | |
萬書房 |
・高瀬正仁
著者は、東京大学を卒業して、九州大学の大学院に進み学者人生を歩いてきた人物である。巻末の著者紹介によれば、専門は多変数解析論と近代数学史ということだ。
本書の出版時、著者は九州大学基幹教育院教授だったのだが、本書の帯には、これが「<私的>最終講義」だと書かれていたし、あとがきにも「定年退職の日が間近になった」旨書かれていたので、既に退官されたのだろうか。九州大学基幹教育院の教員一覧表にはお名前が見当たらなかった。
本書は、そんな著者の学生時代を描いた回想記のようなものだ。著者の経歴からは、ある程度数学的な内容が入っているかとも想像していたが、そんなものは微塵もみられない。描かれているのは屋台のラーメン屋をしていた村澤さんという奇妙な人物との交流記だ。なお、登場人物は、一応仮名になっているのだが、誰をモデルにしたかはあとがきには書かれている。
このタイトルや、帯の内容からは、著者と屋台のラーメン屋との交流描いたほのぼのとした内容を想像していたのだが、読み進めるうちに、その予想は見事に裏切られた。何しろ、この村澤さん、とにかく金にだらしない「生活破綻者」としか考えられない人物として描かれているのである。
あちこちに借金をこさえていて、仕送りを受けている学生だった著者からも、20万円くらいは借りていたらしい。ある時など、仕送り3万5千円をなぜか勝手に山分けされ、村澤さんの取り分が2万円で著者の手元には1万5千円しか残らなかったという。
著者がそのまま東大の大学院に進まずに、九大の大学院に進んだのは、もしかして村澤さんから離れたいという思いがあったのかもと想像してしまう。本書には、福岡に行ってからの、村澤さんと彼に愛想をつかした奥さんとの離婚騒動も、手紙という形で描かれている。もし著者がそのまま東京に残っていたら、巻き込まれてかなり神経をすり減らすことになっていたかもしれない。
著者が、そんな村澤さんとの付き合いに懐かしさを覚えているというのは不思議だ。思い出というものは、年月が過ぎ、セピア色に変わるにつれ、いやだったことも薄れていくのだろうか。
ところでネットで調べてみると、あれだけ奥さんとの間で泥沼の離婚騒動を繰り広げていたのに、二人の間に生まれた娘さんは、「徒歩徒歩亭」という店を出し、村澤さんのモデルになった方も別の店を開いて繁盛しているようだ。もしかして、この後第二幕と言える物語があったのかもと、気になるところではある。
☆☆☆☆
※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。