愛の裏側は闇 (1) | |
クリエーター情報なし | |
東京創元社 |
混迷のシリアを舞台に繰り広げられる確執の歴史。東京創元社の60周年記念作品として刊行された、ラフィク・シュミの大作、「愛の裏側は闇」だ。これは、その第1巻となる。
十二歳のファリードは、友人の家で、ラナーと出会い、恋に落ちる。しかし、二人の一族は、祖父の代から、血で血を洗うような抗争を繰り広げていたのだ。まさに、シリア版、ロミオとジュリエット。この巻は、その二つの一族、ムシュターク家とシャヒーン家の、3代、100年に渡る争いの歴史が徹底的に描かれている。それはまさに、両家の憎しみの年代記(クロニクル)ともいえよう。
この巻では、まだファリードとラナーの物語はあまり語られていない。おそらく著者は、二つの家の血なまぐさい物語を騙ることにより、二人の恋が、いかに困難なものかということを暗示したかったのではなかろうか。いったい、二人の行く末はどうなるのか。この巻を読む限りでは、とてもハッピーエンドということにはなりそうにない。
両家の確執は、ファリードの祖父であるジョルジュが、妻のザルカを連れて、マーラ村にやって来たことから始まる。ザルカには、意に沿わぬ婚約者がいたのだが、ファリードと共に駆け落ちをしたことで、婚約者やザルカの一族から追われていたのだ。ジョルジュは、その村で有力者にのし上がっていくが、その一方で、もうひとつの有力者であるシャヒーン一族と憎み合うようになる。
シリアは、フランスの植民地時代を経て、幾度となくクーデターが繰り返され、政治的な混乱が続いていた。これに、宗教的な対立が加わり、ますます混迷が深まる。人口のほどんどがイスラームの教えを信じている国なのだが、マーラ村はキリスト教徒の暮らす村だ。しかし、ムシュターク家はカトリック、シャヒーン家は正教会。キリスト教同士の対立、キリスト教とイスラームの対立、こういった宗教的な対立といったものも、この物語の重要なモチーフとなっている。
宗教に縛られた社会は恐ろしい。人を教え導くはずの宗教は、簡単に憎しみの原因となり、殺人を正当化してしまう。シリア版のロミオとジュリエットが生きるのは、まさにそんな世界なのである。
しかし、キリスト教という禁欲的な宗教を信じる人々を描いているにしては、彼らの行動はかなり背徳的だ。不倫など当たり前、獣姦、男色なんでもござれで、下半身に関係のある描写がやたらと多いのだ。宗教に縛られながらも、この作品世界は、まるでキリスト教の神が憎んだ、ソドムとゴモラだというのは、大きなアイロニーだろう。作者は、これにより、宗教というものの欺瞞を描いているのだろうか。
この巻は、全3巻からなる膨大な物語の、まだまだ序章に過ぎない。果たして、ファリードとラナーの恋の行方はどうなるのか。ムシュターク家とシャヒーン家の憎しみの連鎖は続いていくのか。読者の心に、様々な想いを残しながら第2巻に続いている。
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