文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:デュー・ブレーカー

2018-08-26 17:31:18 | 書評:小説(その他)
デュー・ブレーカー
クリエーター情報なし
五月書房新社

・エドウィージ・ダンティカ、(訳)山本伸

 ハイチ共和国は、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島の西半分を占める国だ。ちなみに、東半分はドミニカ共和国。ハイチの独裁者として世界史に名前を残したのがフランソワ・デュヴァリエ(パパ・ドク)である。彼は1971年に死んだが、その後を継いだのが息子のジャン=クロード・デュヴァリエ(ベビー・ドク)である。なんとこの時19歳。大統領なのに世襲というのがすごいが、もちろん体制は崩壊。本人はフランスに亡命。

 デュー・ブレーカーというのは、英語版のウィキペディアによれば「朝露に包まれた草の静けさを破る者(those who break the serenity of the grass in the morning dew.)」という意味のハイチクレオールで、「拷問執行人」を表す言葉らしい。フランソワ・デュヴァリエが組織したのが、トントン・マクートという組織であり、デュー・ブレーカーとは、この組織のメンバーとして、多くの国民を虐殺して恐れられた連中だ。

 この作品を構成しているのは、9つの短編。それぞれは独立した話になっているが、直接関係している話もあり、全体としては、一つの大きなテーマを追求している。それは独裁時代のハイチの悲惨な状況。そこから生まれたデュー・ブレーカーという鬼子。それに翻弄された人々など。この作品中ではデュー・ブレーカーという存在が、人々に暗い影を投げかけている。

 最初の話に出てくるカーという女性彫刻家。実は父親がデュー・ブレーカーで母親が牧師だった兄を彼によって殺されたという複雑な関係である。それでは、このデュー・ブレーカーというのは特別残虐な人間だったのだろうか。83ページにこのような記述がある。カーの母親のアンが夫について娘に語った言葉だ。

<昔々、三十年以上も前の話。あなたの父さんはハイチの刑務所で多くの人々を傷つける仕事をしていたの。でも今の父さんを見てごらん。なんて穏やかな人に見えること。なんて我慢強い人かしらねぇ。クリスマスイブのミサのために四〇マイルも離れたウェストチェスターのアパートまであなたを迎えに行ってくれているのだもの。>(「奇跡の書」)

 この言葉は、次のようなことを連想させる。心理学の分野で、ミルグラムのやった「権威への服従」という有名な実験だ。〔例えば放送大学教材「心理学概論」(森津太子、向田久美子)pp165-167〕教師役と生徒役に分かれて、実験参加者は必ず教師役となるように細工をする。教師役が問題を出し、生徒役が間違えると、罰として生徒役に電気ショックを与える。実は生徒役はやらせで、電気ショックを受けている演技をしているのであるが、62.5%の人間が「危険」域を超えて最高電圧まで電圧を上げ続けたという。一応電圧を上げ続けた人間は苦悩に満ちていたというが、人間は自分の置かれた環境によっては、酷いことをする人間が一定数いるのだ。もちろんそうでない人間もいるがそれは少数派。この作品は、人間とはどのような存在かを考えさせてくれるようだ。

☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 放送大学から2018年度1学期の... | トップ | 旧海軍兵学校と宮島見学 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

書評:小説(その他)」カテゴリの最新記事