チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

バジルに虫がつきました

2012年11月21日 | 日々のこと

小雨、21度、93%

 先月、種を穫った後のバジルの小枝を5本ほどミルクピッチャーに挿しておきました。すると、一週間もしないうちに、 ひげ根がたくさん出ています。ちょうどその頃、友人がアフリカンブルーバジルを挿し枝にした、と知らせてくれました。ハーブは雑草だからね、と簡単に土の用意もせず、1本だけ残したバジルのポットに挿しました。

  これまた、5日目に引っ張っても抜けません。やっぱり雑草ね、この生命力、と感心。すくすく育っています。

 先週末から3日家を空けました。帰って見ると、バジルの葉に大きな穴があいています。留守を頼んでいた人は、タイのチェンマイの出身です。家は農業を営んでいますが、彼女は大学に行って、水やりすらしたことが無いそうです。でも、こんな大きな穴がどの葉にもあれば、虫が付いたことぐらいわかるでしょうに、とぼやく私。責めても仕方ありません。

 帰った翌日は、バジルとにらめっこ。だいたい、こういう虫は夜行性。時には昼間、土に潜ってることすらあります。それにこれだけ葉っぱを食べれば、きっと緑色に染まっているに違いありません。害虫取りやつくし摘みなどは、目慣れが必要です。見えない人には、目の前にいても見つかりません。初日は、収穫なし。

 昨日も、朝からじっとバジルの観察です。黒い糞が見えました。薄曇りなので、朝からご活躍。いました!一匹見つけると、目が慣れて来て次々に。 よく育っています。この虫たちも命がありますからね。ブシュッとつぶさずに、窓から下の土に落とします。しめて、7匹。香港、今の温度は20度前後。まだ、虫が付き易い気温です。20年以上バジルを育てて来て、初めて虫が付きました。ずっとオーストラリアのスウィートバジルの種を使っています。今年は大収穫だったので、お裾分けぐらいしなさいと、どなたかの思し召しでしょうね。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

根津美術館

2012年11月20日 | 旅行

曇り、22度、80%

 3日間の日本滞在中、自由に動ける時間はたった5時間。最近は、買い物に魅力を感じなくなりました。家人が、よく何か欲しいものは無いかと、尋ねてくれますが、もう充分にありますからね。

 そこで、かねてから行きたかった根津美術館に、雨の中を出かけました。開催中の展示も目的でしたが、3年ほど前に改装を済ませた、建物と庭園を見たいとずっと思っていました。設計は、隈健吾。竹垣の入り口を入ると、目の前には、映像で何度も目にした光景が。

  これは、その入り口に向かって撮った写真です。雨と冷えた空気のせいもありますが、身が引き締まるような清浄感が漂っています。屋根がぐっと張りでたこの空間、お天気がいい日には、薄明かりの中、竹からの木漏れ日が見えると思います。

 根津美術館の建物を語る方は、この屋根を必ず話題になさっています。切妻屋根。お寺の本堂によく見られる、あの形です。平な屋根でないので、当然館内の天井部分が斜めになります。にもかかわらず、日本様式の美しさを堪能することが出来ます。

 今年は、紅葉が遅いのよ、と皆さんがおっしゃいます。遅いも早いも、もう、日本に疎くなっている私は、赤や、黄に染まっている木を見るだけで、日本を感じる始末です。

 雨の中を、庭園に出ようとしたところ、雨の日に来てよかったと、思う光景を目にしました。切妻の軒から、滴り落ちる雨のカーテンです。

 庭に出てすぐに、イチョウとモミジの木があり、色づいています。 斜面に面したかなりの広さの庭です。足元は石畳です。改装前は、飛び石だったそうです。石畳の方が遥かに歩き易いですね。 庭に置かれた石籠にも、根津美術館の所蔵品の量、質を感じます。

 土曜日ですが、雨のおかげで人が少なく、この空間を独り占めにしているような気分です。 熊笹にかかる落ち葉も、絵のようです。ここで、モミジの落ち葉を一枚拾ってきました。とても小振りなモミジです。

 次にくるときは、晴天の日でありますように。きっと、全く違う顔を見せてくれるはずです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旅のアクシデント 香港

2012年11月19日 | 旅行

曇り、20度、84%

 昨晩遅く香港に戻ってきました、帰りは、家人、家人の会社の香港スタッフ、シンセンスタッフと共に成田からでした。リムジンバスで成田に向かうと、刈田や紅葉が見られると期待していたに関わらず、寝入ってしまいました。

 チェックインを済ませると、家人は私ひとりをラウンジに連れて行き、時間までにゲートにくるように言いました。スタッフと一緒の旅、家人らしいスタッフへの気遣いです。一人で、静かなラウンジにいると、またして眠ってしまいそうでした。そこで、少し早めにゲートに向かいました。スタッフと既にゲートにいた家人、白い紙バックを持っていました。何やら買い物を済ませたようでした。手荷物は、家人のガーメンバック、その紙袋、PCの入ったバック、私のボストンと全部で4点。

 さて、香港で預けていた2つのトランクを引き上げて、エアポートエクスプレスに乗りました。私のバックと軽い紙袋は私が持ち、座ったとき紙袋を座席の下、足下に置きました。終点の香港ステーションが近づくと、モモさんのことばかり考えている始末でした。長いタクシーを待つ列にも関わらず、すんなりと家に戻ってきました。トランクから荷物を下ろし、家へという時、家人が、白い紙袋は?と尋ねます。実は、一瞬何のことかわからなかった私です。エクスプレスの足下に置いたままだね。と家人。荷物を家にいれるや、家人は香港ステーションにとんぼ返り。

 家で、荷物を解きながら家人の帰りを待ちました。一緒に買い物に行っていれば、荷物への意識があったでしょうに、それにしてもうっかりでは済ませません。終点といっても、私たちが降りた列車は、すぐに空港行きとなります。観光都市です、夜遅い時間でも多くの人が、エクスプレスを利用します。やはり、手ぶらで戻って来た家人。

 白い紙袋には、自分のシャツと私へのもの、留守を預かってくれていた人への土産、モモさんへのご褒美だったそうです。いくら疲れていたとはいえ、家人の心遣いまで無にしてしまいました。これは、アクシデントでなく私の不注意です。家のベットで目覚めたにも関わらず、何やら心が晴れません。

 見出し写真は、巣鴨とげ抜きさんの菊祭りです。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旅先でもらった花

2012年11月18日 | 旅行

晴れ、東京

 住んでいる街でなく、旅先での街を歩いていると、花屋が目に留ります。東京のあちこちで、AOYAMA FLOWER SHOPという花屋を見かけました。花のアレンジと店で働くお姉さんたちの様子が、ガラス窓の外からもうかがえます。特に昨日のような、雨まじりの日には花屋は普段より華やいで見えるものです。季節柄クリスマス向けのディスプレーも始まっています。でも、妙に気になったのは、小さなブーケでした。ブーケというより、アレンジで残った花や、もしかしたら売れ残ってしまった花を集めたものかもしれません。くるっと、紙で巻かれただけの15センチほどの小さな花束です。値段は見なかったのですが、200円もしないでしょう。ワイヤーのバスケットにその花束が、7,8個こちらを見ていました。会社のデスクやテーブルに、コップに入れて飾るとちょうどの大きさです。

 ホテルの部屋に花があることは、稀です。でも、こんな小さな花束があればいいわね、と思いながら、ずっと以前、友人が香港を訪ねて来てくれた時のことを思い出しました。彼女に会う予定の午前中、花市に行きました。香港の花市のブーケは一抱えもあります。あの頃は、小バラが何処からか輸入されていました。香りもよく、20センチほどのものです。黄色の小バラを、自宅用にとりわけ、花束にしてホテルを訪ねました。3泊ほどの旅だったように記憶しています。きっと、彼女の旅の部屋を飾ってくれたと思います。

 昨晩、たくさんの方達と挨拶を交わし、気持ちよい疲れと一緒にホテルに戻ると、私、しっかりと花束を握っていました。はて?何処で頂いたものか?フリージヤと黄色いバラの5本ほどの花束です。長いこと、包まれていたのか葉っぱがペタンとなってます。はさみが無いので、茎の下をバシッと折って、トールグラスに入れました。

 水を吸い上げ、花も少し膨らんでいます。でも、今日の午后には香港に戻ります。このまま部屋に残しておくと、折角の花が捨てられてしまいそうです。昼前にお会いする人に、わけを言って、もらってもらいましょうか?一晩一緒に過ごした花の行く先を案じています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

富士山に迎えられて

2012年11月17日 | 旅行

晴れ、東京

 4ヶ月ぶりの東京です。香港から羽田便が出るようになって、随分と楽になりました。都内へのアクセスが、ずっと便利です。パスポートチェックまでも、交通機関までの距離も成田より短いのもいいですね。

 朝8時過ぎの香港発、モモさんを家において出かけるのはいつも辛いものがあります。それでも、今回の帰国、大事な用事を片付けなくてはなりません。

 航路が関西の辺りから、海ではなく、本州の上をとっていました。高度も低く、山々の紅葉も見て取れます。関東に近づくと標高の高い山の頂きは、雪がかぶっています。紅葉、雪というと、永く日本を離れている私は、異常にウキウキしてしまいます。駿河湾を過ぎた頃から、予想通り、きれいな富士山の姿が。まだ、雪帽子はそんなに大きくはありません。裾野の広がり具合、尾根線のカーブの美しさは替えがたいものがあります。

 見出しの写真は、東京湾の上にさしかかった時のものです。

 先に日本入りしている家人と合流して、式典の会場に。 テーブルの花が白でまとめられていて、打ち出しの銀器に生けられていました。久々にお会いする海外からのお客様。実は、昨晩は前夜祭。今晩もまた式典です。

 2泊で、香港に戻ります。帰る明日の午前中、私が伺おうと思っているご家族があります。この式典より、私には大事な用事。うまく事が運んでくれる気がします。富士山に迎えられましたからね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オランダのヒヤシンス

2012年11月16日 | 

霧雨、22度、83%

 この時期から来年の春節まで、香港の花市が一番にぎやかになります。昆明からの花が主流の昨今ですが、オランダ、オーストラリアや南アフリカからの花が、毎日のように入ってきます。もちろんお値段は、こうした花の方がずっと高いのですが、バラなど香りが違います。違うというより昆明のバラは、香りがありません。

 この一週間は、オランダからのヒヤシンスと過ごしました。荷を開けたばかりの花は、水に挿さずに並べてあります。開花を遅らせるためでしょうか。

 家に帰って包みを開けると、大きなヒヤシンスの花の根元に小さい花がそれぞれ付いています。まずは、切り詰めずに、 大きい方ばかりを寄せてみました。 こちらは小さい方。ところが大きい花の方は、頭が重い上に球根ですから茎が弱くて、3日目の朝には、首から撓垂れています。

 困りましたね、そこで、 切り詰めてラフィアでしっかりと縛り、お互いに支えるように生けてみました。 

 ヒヤシンスのちょっと青臭い香りが、朝晩の冷やっとする空気に漂います。ラフィアで縛るとき、下の花を落としました。 

 香港、最近の温度は22度前後です。湿度が高い日があったりで、寄り添っている花同士が蒸れて傷みが早かったようです。

 チューリップもそうですが、球根ものの花を長持ちさせるのは一苦労。

  今日から、家を3日ほど空けます。留守の者に、花の手入れまで願えないので、花殻は始末しました。旅から帰って、部屋に枯れた花があることぐらい、寂しいことはありません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

桃姐(邦題、桃さんのしあわせ)

2012年11月15日 | 香港

曇り、22度、77%

 香港映画(桃姐)が、今日本で上映されているようです。この映画、今年の香港映画祭ではたくさんの賞を取りました。日本でも人気があるアンディラウ、演技派のデニーイップ、二人の好演もさることながら、今の香港の一面をしっかりと見せてくれた、実話に基づく映画です。

 60年、家政婦として働いてきた桃姐(タオチェ)は、中風で倒れます。身寄りの無い彼女は、自ら老人施設に入ることを決めます。永年働いて来た家の息子(アンディラウ)が、桃姐のことを見守る中で、彼自身が変わっていく様を演じています。

 今年発表された世界の長寿、25年以上も世界一を誇っていた日本人女性が、今年は、香港人女性にその座を交代しました。一位、二位なんてたいしたことではないのです。この土地の女性がどうして長生きするのか、ずっと私には疑問です。ここ2年ほど、母を預けている日本の老人施設をつぶさに見る機会に恵まれました。桃姐の映画の香港の老人施設、あれは、ほんこんの実情です。 街の雑居ビルに入っている老人施設。日本同様、介護に携わる人手不足。老人施設の環境ばかりではありません。

 昨日の香港の新聞に、6人に一人が、貧困に苦しんでいると出ていました。町中を、明らかに70代と思われる老人が、新聞や、空き缶を集めている姿を目にします。新聞10キロでやっと$10、日本円で100円です。政府の老人援助は、遅ればせでも調って来ていますが、まだ充分ではありません。家族が移民して、一人取り残された老人もいます。

 ほんの一握りの富裕層の老人は、手厚い介護を受けています。私の知人宅では、お手伝いさんを2人雇っています。一人は家事を、もう一人は、歳取ったおばあさんの世話だけをするためです。貧富の格差は、どこの国でも今叫ばれていますが、日本と香港を比べると、その格差の大きさは、香港の方が大きいようです。中国からの汚染された空気、ただでさえ人、車の多い香港、人が長く生きることが出来にくい土地に思われます。強いていえば、日本のような寒い冬が無いことだけは、恩恵です。

 店番を頼まれたのでしょうか、 店先でうたた寝をしているおばあさんです。日本ほど、全体的には、恵まれていない香港です。

 桃姐、香港映画にしては珍しく、オーバーな演技が少ない映画です。香港の超高層ビルなんてひとつも写っていません。きっと撮影は、九龍サイドのジョーダン辺りでしょうか。せわしなく、落ち着かないこの街で年寄りが長生きする、その事自体不思議です。香港の生活、家族事情の一端を見ることが出来る映画です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

改衣屋 香港

2012年11月14日 | 日々のこと

晴れ、22度、85%

 全体に小さい私は、服のあちこちをつめてもらって着ています。Tシャツの裾や袖すら、短くして着ます。お店で買った時に、直してもらうこともありますが、ここ香港には直しを専門にやってくれる店が、ここあしこと見られます。その名が、改衣屋。市場の狭いスペースで、ミシンひとつの店から、ビルの中に入っていて、ブランドもの専門などと詠った店まで様々です。 この店は、香港セントラルのビックブランドが入ったランドマークのすぐ斜め向かいのビルにあります。このフロアーだけで、3軒も改衣屋があります。この店とは、もう20年以上の付き合い、私とほぼ同年代のご夫婦がやっています。ここ4,5年、めっきり服を買わなくなりました。その代わり、物持ちのいい私、古い服の仕立て直しを頼むことが多くなりました。

 この週末、二晩続けて、家人とともに式典に出席することになっています。その通知を頂くと、家人が新しい服を買いなさい、と言ってくれました。ちょうど、秋冬物が街に出始めましたので、久々にウキウキと見て回りました。自慢ではありませんが、こういうとき、徹底的に見てみます。我が家から歩いても15分前後のところに、世界中のブランドものがずらりとあります。厚かましいので、何度でも出向きます。でも、今年の流れは、私の好みではありません。今の手持ちの服で充分と、家人に伝えました。

 先月、福岡の実家の整理をしていたとき、母のワードローブを開けました。ほとんど私の趣味ではない服ばかりです。その中で、ただ1着、着れそうね、と思う服がありました。黒地に黒の大きな水玉が浮き出ているスーツです。 私より小柄な母ですが、確か30年ほど前の服、ゆったりと着ることが出来ます。そこで、香港に持ち帰り、例の改衣屋さんに急ぎました。ひと月ほどしか時間がありません。

 母の外出着は、ほとんどがジパンシー、当時の直輸入ものばかりです。改衣屋さんもビックリするほどいい生地です。肩の大きな張りを自然に、袖、見頃も、スカート丈も詰めてもらう事にしました。私の好みをわかってくれているので、ある程度はお任せです。しかも、無理を言って、早めに仕上げてもらいました。

 昨日、我が家に戻って来たスーツ、この金曜日、私はスーツではなくツーピースとして、これを着ることにしています。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ローファー

2012年11月13日 | 身の回りのもの

晴れ、20度、78%

 香港、朝晩は冷やっとするような、凌ぎ易い気候になりました。夏は高温多湿、Gパンなんて履いていると、腰から下がサウナ状況です。やっと、Gパンをはける季節がやって来ました。そうなると、靴もサンダルからローファーに履き替えます。私の靴はほとんど10年以上はいたものばかり、 特にこの3足は、15年を過ぎています。香港の高温多湿で、鞄、ベルト、靴などにカビが生えることもあります。靴にはシューツリーを入れて、靴袋に入れてベットの下に。

  このふたつは,アメリカのブランド、JHON & DAVIDのものです。足入れがよくて、時間が経つほどにいい色合いに変わってきました。Gパンが、市民権を得るようになって、ホテルにも、よほどドレスコードが無い限りGパンで入ることが出来ます。それでも、靴は運動靴なんて言うのは嫌なので、この2足には、どれほどお世話になったことか。でも、15年も履いてますから、いよいよ、革に傷みが出始めました。好きな靴が傷むと、胸までズキンと痛みます。

  この、ハラコが付いた靴は、アルマーニのものです。ハラコは、擦れに弱く、ズボンの裾が触れると、はげてしまいます。これも、大切に履いています。

  形が今ひとつなのは、プラダのものです。これも、そろそろ10年選手。アルマーニのものも、プラダのものも、洋服のブランドだからでしょうか、履いていて心地よいというのではありません。流行を追うブランドもの、私のように長く履かれては、新しい物が売れませんしね。

 痛み出した靴は、出来るところまで手を入れて修理しています。それでも、そろそろ限界です。香港の靴屋という靴屋を見て回りましたが、ローファーが今年はほとんど出ていません。ひとつだけエナメルのローファーを見ました。

 毎日走りたいので、足に負担の多いヒールの付いた靴はご免です。時間限定で、パーティーの時だけ履くようにしています。

 形、足入れ、気に入ったローファーに会うまで時間がかかりそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Kazuo Ishiguro

2012年11月12日 | 

曇り、21度、72%

 香港は、本屋が少ない街だと思います。25年前の香港、まだイギリスの統治下でしたから、英語の本屋の方が多かったくらいです。その本屋にしても、昔の本屋です。足元から天井まで棚があって、びっしりと並んでいました。おまけに、照明は暗いし、コンピューターでの管理ではありませんから、本を頼む時なども大きな帳簿を繰って探していました。

 英語の背表紙に、まだ慣れない私は、作者や題名を読むのすら一苦労です。横書きのものが、縦になってますから、私が首を傾げて読んだりしていました。そんな中でも、日本名の横書きはすっと目に飛び込んできます。

 Kzuo Ishiguroもそんな作家の一人でした。さて、知らない作家です。

  初めに読んだのは、THE REMAINS OF THE DAY.イギリスのブッガー賞をとった作品です。ジェームス アイボリー監督で、アンソニー ホプキンス主演の映画にもなっています。イギリスが舞台のこの作品は、イギリスの深い影のような雰囲気をたたえた小説です。これは、彼の3作目の本です。

次に、読んだのは 彼の2作目にあたる、AN ARTIST OF THE FLOATING WORLD。日本人を取り上げた作品ですが、戦前のノスタルジックなものを彷彿とさせてくれます。

  彼の5作目の、WHEN WE WERE ORPHANS. これは、上海が舞台です。ベストセラーにもなった本です。

  6作目の、NEVER LET ME GO.舞台はイギリス、映画化され、昨年日本でも公開された作品です。この映画の公開にあたって、日本の本が随分とカズオイシグロを取り上げているのを見ました。日本生まれ、両親とも日本人でも、ほとんど日本語を話すことなく育ち、現在はイギリス国籍だそうです。

 珍しい短編集、 7冊目にあたります。NOCTURNES.音楽にも造形に深い、イシグロらしい短編集です。

 彼の初めの2冊の本は香港では、手に入れることが出来ませんでした。

ところが、 処女作にあたる、A PALE VIEW OF HILLS.家人がロンドンから買って来てくれた本のうち一冊でした。日本人女性が主人公です。彼の、両親のふるさとでもある長崎でしょうか、風景を描く表現が、イギリスの時のそれとは違って、薄く霞がかかったような感じを受けます。まだ、4作目の,THE UNCONSOLD は読んでいませんが、A PALE VIEW OF HILLSは、彼の作品の中では、明るい印象が残ります。

 確かカズオイシグロの作品は、全て日本語でも出版されているはずです。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする