蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

最後まで行く

2023-05-24 | 映画
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ずーーーっとお越しいただいて、黄色いハンカチ的な、幸せのサインをお送り続けてくださり、励みになります。

さて、がらりと話は変わり、、、
岡田准一と綾野剛の血まみれな最新公開映画を観た。
「最後まで行く」。
やり過ぎ過ぎて、笑ってしまった。
しつこい、しつこい、追っかけっこ。
綾野剛の、銀メタル使い眼鏡、トレンチコート?(みたいなコート)、ウエストのベルト部分、サイド横くくり(真ん中だったか?)が、なかなかだった。
ストーリー的には成人男性向け劇画のよう。

岡田准一は、生まれつき濃い顔でよかったね、と思った。
ちょっと顔の筋肉を動かすと、何倍も効果が現れる。
その点、綾野剛は醤油顔なので不利ではあるが、やり過ぎ感をよく表現していた。
柄本明は、良いところをかっさらっていくなあ、、、ドタバタ体力は使わない、体育会系のハードな動きはしないのに、映画のエキスを一人で持って行ってしまうような役どころ。
ユニークな顔に生まれたら、俳優は特色を最大限活かした仕事だとは思うが、才能と努力と運が大きいかと。
同業の息子さんお二人もお父さんの背中を見て育たれたようで素晴らしい。
子育て大成功。
なのに、お手柄のお母さんは早々と他界され、お気の毒だ。
と、映画とは全く関係ない話になっている、、、(いつも寄り道、道草)

何しろ、映像は暗いが、派手派手な映画だった。
ところどころ、やり過ぎポイントが通過する度にわたしの笑いのツボを押して、笑いを堪えるのに苦労した。
わたしの座席の後の人は、わたしの頭が小刻みに震えるのがわかったら恥ずかしいなあ、、、と思ったが、笑えた。
笑いのツボは「やり過ぎ」。
やり過ぎは、笑いになる、という、笑いの原点か。
といっても、わざとおふざけや、ジョークやドタバタはない。
寝るヒマがない、スピード感溢れる面白い映画だった。

自虐ネタはやっぱり好き

2023-05-24 | わたし
自虐ネタが大好きなわたし。
自分を斬るフリをして同時に大嫌いな人もついでに斬る。

あんた、笑ってるけど、あんたもやで〜。

しかし、笑ってるいる人は自分は向こう岸にいると思っている。
笑えない人、顔が引き攣っている人は多少なりとも自覚症状あり。

ある人、Aさん。
わたしより6歳上。
昔から自分が間違っていても絶対に折れない、認めない。
「相手が悪い」と言う。

特典ポイントを期限切れでゲット出来ないのは、企業側が告知義務を怠っている、と怒る。
誰にもわかるようにしっかり目立つように表記しろ!と。
そもそもポイントのことも娘さんに設定してもらった恩恵で、自力ではない。
それを棚に上げ、言いたいことを言うのでわたしはカチンと来た。

「企業はポイント還元を謳って顧客拡大を図りますが、ポイントを手に入れ損なった消費者がいれば、しめしめ、儲けもの、と思っていますよ。
自分で気をつけてないと、ぼーっとして得しようなんて甘いですよ」

と、わたしは思わず言ったが、Aさんは馬耳東風。
全く聞いていない。
耳が悪いそうだ。こういう時には聞こえないらしい。
今までの生き方のスタンスがそのまま現れている。
こういう「人生の先輩」にはなりたくない。

自分で出来ないなら、特典の手を放せばよいのに。
マイナスになるわけではなく、得をし損う、それで損をした気になる。
こういうのを「欲深い」と言う。
(わたしも、です)

わたしは自分と似たようなレベルのひとを見るとイラッとする。
はるか下か、はるか上なら、なんとも思わないが、同レベルは変に許せない。
自分を見るようで許せないのだろう。
同情、憐れみに達していない、軽蔑、嫌悪にも触れない、「ブルータス、お前もか、、、」の失望、諦めにも届かない、未解決な思い。
にもかかわらず、本人は自分の非力を認めず他のせいにする。
性格なんだろう。
そうやって生きてきた、言い方を変えると、そうしなければ生きて来れなかった。
なんでもかんでも非を認め譲っていては、こころの病になる。
間違いとわかっていても、突き切るのも必要。
社会で生きていくには、敵にやられる前に敵を倒さなければならない。必要悪。
ではあるが、そういう局面にわたしが接する機会は最小限にしていただきたい。
いつも日常なら、こちらが磨耗する。

どっこいどっこいの人が、わたしと同じようなヘマをするのを真横で間近に見ると、わたしの神経に刺さる。
自分も同じ(マイナスな)くせに。
イタイ、恥ずかしい気持ちになる。
同じようなレベルはどうもいけない。
自分を許せないように、同レベルも許せない。
大目に見たり、同情するには、まだ自分と対峙し切れていない。

しかも、その、どっこいどっこいの人は全く自分の非やマイナスに気づかず、人のせいにしたりしているのを目にすると、どうしようもない気持ちになる。

ではあるが、人間は一面だけでなく、別の良い面もあるので、シーソーのように、ギッコンバッタン、上がったり下がったり。
自分だって完璧とはほど遠く未熟だし。


それはそうと。
自虐ネタが好きなのは、自分をマックスに良く見せると、落ち着かない。
見栄や背伸びは、時間差攻撃で自分を追い込む。後で苦しくなる。
自分を肯定しないとやっていけないだろうけれど、わたしは人知れずこっそり(胸の中でだったり、SNSでだったり)自分を肯定したり褒めまくっているので、表に現す時は、自虐が心地よい。
それ以上落ちることはないので、安心できる。
伸び代しかない(と、また肯定)。

ま、なんでもいい。

わたしの辛辣な目線は、サヤに入れてむき出しにしないように心掛けている。
もし不本意に他人が傷つかないよう、未然に防ぎたい。

とは言うものの、わたしから辛辣を抜くと、生ぬるい溶けかけのアイスクリームになる。

今日のブログ、全然面白くない。
でもアップする、メンタルの強さ、目標の低さ。