『謝罪の王様』
監督:水田伸生
出演:阿部サダヲ,井上真央,竹野内豊,岡田将生,尾野真千子,
荒川良々,濱田岳,松本利夫,高橋克実,松雪泰子他
十数年前、大好きで足繁くかよっていた小さなパン屋がありました。
まだ若いオーナー夫婦が二人三脚で頑張っていて、
その謙虚な姿勢と、それはそれは美味しいパンに魅入られました。
私が東京に遊びに行く話をちょっとしただけだったのに、
オーナーが「今、東京で美味しいパン屋です。ぜひ行ってみてください」と言って、
手書きのレポート用紙3枚をくださいました。ものすごく嬉しかったです。
ところがそれだけ美味しいパン屋のこと、商売が軌道に乗り、
移転して大きなお店をオープンされたころからなんだかおかしくなりました。
それでもそちらまで足を伸ばしていたのですけれども、
オーナーの姿はほとんど見かけなくなり、見かけても目つきが怖い。
ある日、購入したパン生地にまったく味がしません。
これはおそらく塩を入れ忘れたのだろうなぁと思い、悩んだ末にお店に電話しました。
もちろんオーナーは不在で、職人さんが「確認します」とのこと。
数分後に折り返し電話がかかってきて、「確かに塩をまったく入れ忘れていました」。
そして次のひと言は、「で、どうすればいいですか。お金を返せばいいんですか」。
近隣にいくつもの支店を持つ有名ブーランジェリーになりましたが、
以来、このお店には一度も足を運んでいません。
と、そんなことも思い出しながら、TOHOシネマズ伊丹にて。
最近流行の出演俳優を起用した鑑賞マナーについての注意かと思いきや、
それはすでに本編だったという世にも楽しいオープニング。
ケースに応じて効果的な謝罪の仕方を教える、東京謝罪センター所長、
黒島譲(阿部サダヲ)のもとに飛び込んできた困った人びと。
帰国子女の倉持典子(井上真央)は、ヤクザの車に突っ込む。
謝り方があまりにもテキトーだったため、組長の怒りを買い、
400万を請求されたうえにデリヘルで働かされそう。
そんな彼女をみごと窮地から救い出した黒島。
司法書士志望の典子は、黒島の助手を務めて勉強することに。
黒島に代わって典子が初めて話を聞いたのは、下着メーカーに勤める沼田卓也(岡田将生)。
共同プロジェクトの担当者である宇部美咲(尾野真千子)にセクハラで訴えられ、
会社もクビになりそうだと言う。
そんな美咲の側についた弁護士がバツ1で凄腕の箕輪正臣(竹野内豊)。
訴訟を取り下げることなど120%ないと言い切る彼だが、
離婚前、まだ3歳半だった娘を叩いてしまったことを激しく後悔している。
また、大物俳優の南部哲郎(高橋克実)と壇乃はる香(松雪泰子)は、かつての夫婦ですでに離婚。
ふたりが同席する機会はできるだけ避けてきたが、
このたび、一人息子が傷害事件を起こし、謝罪会見を開かざるを得なくなる。
映画プロデューサーの和田耕作(荒川良々)は、大々的に公開予定の映画について、
マンタン王国からクレームがついたと困り顔。
日本文化ファンのマンタン王国皇太子がお忍びで来日したさい、
たまたま撮影現場にいたために映像に映り込んでしまった。
マンタン王国ではさまざまな戒律があり、映画出演など許されないこと。
黒島のアドバイスを受け、監督ともどもマンタン王国へ謝罪に出向くのだが……。
一見単独に見えるそれぞれのケースが繋がっていて、
これはちょっと『机のなかみ』(2006)などを思い起こさせる楽しさです。
キャストも実に豪華。
上記以外では、ヤクザの幹部(中野英雄)、ヤクザの弁護士(六角精児)、
日本の監督(岩松了)、助監督(柄本時生)、マンタンの映画監督(中村靖日)、通訳(濱田岳)、
文部科学大臣(小野武彦)、外務大臣(濱田マリ)、内閣総理大臣(嶋田久作)、
ラーメン屋の従業員(EXILEの松本利夫)、ラーメン屋の店長(池田鉄洋)などなど。
黒島は、効果的な謝罪の仕方を教えてはいますが、
それは反省しているふりをして謝罪しろと言っているわけではありません。
誰に対して、どんな理由で謝りたいと思っているのか。
そして、本当に謝罪したいのか、それを問うています。
謝罪会見では『神様からひと言』(2006)を思い出しましたし、
「ただ謝ってほしいだけなのに」、その台詞に『乱反射』が頭をよぎりました。
これも余談ですが、昭和5年生まれの私の父は短気で正義感あふれる人です。
相手がどんなにヤバそうな人であろうが、
他人に迷惑をかけている様子を見れば「馬鹿野郎」と一喝しに行きますから、
母と私と弟はいつも「お父さん、いつか刺されるで」と笑いつつも半ば本気で心配していました。
そんな父がもうずいぶん前、阪急電車で傍若無人に振る舞っている兄ちゃんに、
「いい加減にしなさい」と言いに行ったことがあります。
一瞬驚いたかに見えた兄ちゃんは、「なんやオッサン文句あるんか。
電車おりてから話つけよか。梅田でおりてから待ってるわ」と言ったのだそうな。
もちろんそんな脅しに怯むような父ではありませんから「いいですよ」と。
梅田でおりたら前方を歩く兄ちゃん。
すると、父のそばにすっと寄ってきた男性が、「一部始終を見ていました。
怖いので出て行けませんでしたが、このあとも近くにいます。
もしもあなたに何かありそうな場合はすぐに通報しますから」と小声で言いに来てくれたのだそうです。
で、問題の兄ちゃんとふたりに。
そうしたら、「すみませんでした。みんなの前で怒られて、格好悪くてその場で謝れませんでした」と。
本作のラーメン屋の話で、こんなことも懐かしく思い出しました。
沼田に電話しようとした美咲のアドレス帳、「沼田」の前が「温水洋一」だったことに大ウケ。
こういう小ネタも嬉し楽し。
『中学生円山』でもありえないところで泣いてしまった私ですが、
今度はまさか「脇毛ぼーぼー」で泣かされるとは。
恐るべし、クドカン。
監督:水田伸生
出演:阿部サダヲ,井上真央,竹野内豊,岡田将生,尾野真千子,
荒川良々,濱田岳,松本利夫,高橋克実,松雪泰子他
十数年前、大好きで足繁くかよっていた小さなパン屋がありました。
まだ若いオーナー夫婦が二人三脚で頑張っていて、
その謙虚な姿勢と、それはそれは美味しいパンに魅入られました。
私が東京に遊びに行く話をちょっとしただけだったのに、
オーナーが「今、東京で美味しいパン屋です。ぜひ行ってみてください」と言って、
手書きのレポート用紙3枚をくださいました。ものすごく嬉しかったです。
ところがそれだけ美味しいパン屋のこと、商売が軌道に乗り、
移転して大きなお店をオープンされたころからなんだかおかしくなりました。
それでもそちらまで足を伸ばしていたのですけれども、
オーナーの姿はほとんど見かけなくなり、見かけても目つきが怖い。
ある日、購入したパン生地にまったく味がしません。
これはおそらく塩を入れ忘れたのだろうなぁと思い、悩んだ末にお店に電話しました。
もちろんオーナーは不在で、職人さんが「確認します」とのこと。
数分後に折り返し電話がかかってきて、「確かに塩をまったく入れ忘れていました」。
そして次のひと言は、「で、どうすればいいですか。お金を返せばいいんですか」。
近隣にいくつもの支店を持つ有名ブーランジェリーになりましたが、
以来、このお店には一度も足を運んでいません。
と、そんなことも思い出しながら、TOHOシネマズ伊丹にて。
最近流行の出演俳優を起用した鑑賞マナーについての注意かと思いきや、
それはすでに本編だったという世にも楽しいオープニング。
ケースに応じて効果的な謝罪の仕方を教える、東京謝罪センター所長、
黒島譲(阿部サダヲ)のもとに飛び込んできた困った人びと。
帰国子女の倉持典子(井上真央)は、ヤクザの車に突っ込む。
謝り方があまりにもテキトーだったため、組長の怒りを買い、
400万を請求されたうえにデリヘルで働かされそう。
そんな彼女をみごと窮地から救い出した黒島。
司法書士志望の典子は、黒島の助手を務めて勉強することに。
黒島に代わって典子が初めて話を聞いたのは、下着メーカーに勤める沼田卓也(岡田将生)。
共同プロジェクトの担当者である宇部美咲(尾野真千子)にセクハラで訴えられ、
会社もクビになりそうだと言う。
そんな美咲の側についた弁護士がバツ1で凄腕の箕輪正臣(竹野内豊)。
訴訟を取り下げることなど120%ないと言い切る彼だが、
離婚前、まだ3歳半だった娘を叩いてしまったことを激しく後悔している。
また、大物俳優の南部哲郎(高橋克実)と壇乃はる香(松雪泰子)は、かつての夫婦ですでに離婚。
ふたりが同席する機会はできるだけ避けてきたが、
このたび、一人息子が傷害事件を起こし、謝罪会見を開かざるを得なくなる。
映画プロデューサーの和田耕作(荒川良々)は、大々的に公開予定の映画について、
マンタン王国からクレームがついたと困り顔。
日本文化ファンのマンタン王国皇太子がお忍びで来日したさい、
たまたま撮影現場にいたために映像に映り込んでしまった。
マンタン王国ではさまざまな戒律があり、映画出演など許されないこと。
黒島のアドバイスを受け、監督ともどもマンタン王国へ謝罪に出向くのだが……。
一見単独に見えるそれぞれのケースが繋がっていて、
これはちょっと『机のなかみ』(2006)などを思い起こさせる楽しさです。
キャストも実に豪華。
上記以外では、ヤクザの幹部(中野英雄)、ヤクザの弁護士(六角精児)、
日本の監督(岩松了)、助監督(柄本時生)、マンタンの映画監督(中村靖日)、通訳(濱田岳)、
文部科学大臣(小野武彦)、外務大臣(濱田マリ)、内閣総理大臣(嶋田久作)、
ラーメン屋の従業員(EXILEの松本利夫)、ラーメン屋の店長(池田鉄洋)などなど。
黒島は、効果的な謝罪の仕方を教えてはいますが、
それは反省しているふりをして謝罪しろと言っているわけではありません。
誰に対して、どんな理由で謝りたいと思っているのか。
そして、本当に謝罪したいのか、それを問うています。
謝罪会見では『神様からひと言』(2006)を思い出しましたし、
「ただ謝ってほしいだけなのに」、その台詞に『乱反射』が頭をよぎりました。
これも余談ですが、昭和5年生まれの私の父は短気で正義感あふれる人です。
相手がどんなにヤバそうな人であろうが、
他人に迷惑をかけている様子を見れば「馬鹿野郎」と一喝しに行きますから、
母と私と弟はいつも「お父さん、いつか刺されるで」と笑いつつも半ば本気で心配していました。
そんな父がもうずいぶん前、阪急電車で傍若無人に振る舞っている兄ちゃんに、
「いい加減にしなさい」と言いに行ったことがあります。
一瞬驚いたかに見えた兄ちゃんは、「なんやオッサン文句あるんか。
電車おりてから話つけよか。梅田でおりてから待ってるわ」と言ったのだそうな。
もちろんそんな脅しに怯むような父ではありませんから「いいですよ」と。
梅田でおりたら前方を歩く兄ちゃん。
すると、父のそばにすっと寄ってきた男性が、「一部始終を見ていました。
怖いので出て行けませんでしたが、このあとも近くにいます。
もしもあなたに何かありそうな場合はすぐに通報しますから」と小声で言いに来てくれたのだそうです。
で、問題の兄ちゃんとふたりに。
そうしたら、「すみませんでした。みんなの前で怒られて、格好悪くてその場で謝れませんでした」と。
本作のラーメン屋の話で、こんなことも懐かしく思い出しました。
沼田に電話しようとした美咲のアドレス帳、「沼田」の前が「温水洋一」だったことに大ウケ。
こういう小ネタも嬉し楽し。
『中学生円山』でもありえないところで泣いてしまった私ですが、
今度はまさか「脇毛ぼーぼー」で泣かされるとは。
恐るべし、クドカン。