雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第七十三回

2015-07-12 08:51:33 | 二条の姫君  第二章
          第二章  ( 三十一 )

今日は御所さまのご主催で宴は行われる、ということで、藤原資高殿がお役を承りました。
何もかも十分な用意がなされ、かの白拍子の姉妹も参上し、たいそうなお酒盛りとなりました。
御所さまからのご馳走ということで、皆さま格別に振舞われ、大仰な酒宴となりました。
沈の折敷に金の盃を据えて、麝香の臍を三つ入れて、姉が頂かれました。金の折敷に瑠璃の器物に同じ臍を一つ入れて、妹が頂かれました。

後夜の鐘が打つ頃までお遊びになられましたが、また若菊を舞に立たせられて、「相応和尚の割れ不動」の今様を歌いましたが、『柿本の紀僧正、一旦の妄執や残りけむ』というあたりを歌う時に、善勝寺殿がふと姫さまの方を意味ありげに見つめられました。
姫さまも気がつかれたご様子でしたが、少し視線を伏せられただけで、それ以上の表情を見せられることはありませんでした。
やがて、人々の声はさらに高くなり、乱舞の中で宴は終わりました。

御所さまは御寝室に入られ、姫さまは寝入りかけている御所さまのお腰をお打ち申し上げておりましたが、筒井の御所でのあのお方が、姫さまの近くまで寄ってこられたのです。
「ちょっと、お話し申したい」
とお呼びになられますが、姫さまが動けるはずがありません。姫さまがそのまま座っておられますと、
「御所さまがお寝みでいらっしゃる折だけでも」
などと、さらに誘われるのです。すると御所さまが、
「早く行ってやれ。差し支えあるまい」
と、小声で仰ったのです。

姫さまは驚きと共に、死ぬほどに恥ずかしく悲しい気持ちになられました。
近衛の大殿は、御所さまの御足もとに座っていた姫さまの手さえ取って引き立てられたので、姫さまも立ち上がってしまわれました。
「院の御伽のために、こちらで過ごしましょう」などと、襖の向こう側から、あれこれ仰っておられた一部始終を、御所さまが寝入られたふりをして聞いておられたと思うと、姫さまは恥ずかしさに堪えられませんでした。

近衛の大殿に抱きすくめられ、激しく泣き崩れる姫さまも、お酒を過ごしていたこともあったのでしょうか、大殿の望みを拒みきることはできませんでした。
ようやく夜が明けようとする頃に帰してもらえましたが、姫さまが望んだ過ちではないとはいえ、悲しみをまた一つ重ねてしまわれました。
そして、さらに、悲しい経験を犯してしまって御前に臥しているのに、御所さまはいつもにも増してうららかなご機嫌でいらっしゃるのが、姫さまには堪えられない思いだったのでございます。

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二条の姫君  第七十四回

2015-07-12 08:48:40 | 二条の姫君  第二章
          第二章 ( 三十二 )

今日は還御というご予定でしたが、
「お名残惜しいと白拍子たちは申して、まだ、伺候しております。今日もう一日ご逗留くださいますように」
と近衛の大殿が申し上げられ、結局もう一日ご逗留を延ばすことになりました。
次は近衛の大殿が宴を催すということになりましたが、またどういうことになるのか、姫さまは気が重く、局というわけではありませんが、お部屋で休んでおられますと、
『 短夜の夢の面影さめやらで 心に残る袖の移り香 』
という歌に添えて、「すぐ近くのお隣の御方がお寝覚めにならないかと、今朝ははらはらとしました」といった近衛の大殿からのお手紙が届きました。

『 夢とだになほ分きかねて人知れず おさふる袖の色を見せばや 』
姫さまもこの御歌に添えて、「たびたびお召しがあり参上しましたが、御所さまは私が惨めに思っていると思われて、わたしに格別上機嫌に振舞われておりましたのは、とてもみじめでございました」
といったご返事を差し上げたそうでございます。

酒宴が始まり、今日はあまり暮れないうちに御舟に乗られて伏見殿に向かわれました。
夜が更けてゆく頃、鵜飼をお召しになって、鵜船を本船に付けて鵜を使わせられました。
鵜飼は三人参っていましたが、御所さまは姫さまがお召しになっていた単衣襲を下賜されるなどして、下の御所にお戻りになり、また御酒を召しあがってお酔いになられるご様子は、いつもと違うように思われました。

夜も更けた頃、またお寝みになっているところへ近衛の大殿が参りました。
「多く重ねる旅寝は、興ざめなものでございます。まして伏見の里は寝にくいのです」
などと仰って、「紙燭を付けてください。うっとうしい虫などがいるものですから」と、あれこれ仰るのもつらいのに、「どうして行かないのか」と御所さままでが仰るのが、本当に悲しそうでございました。
「このような老人の偏屈はお許しください。どうかと思われることも、きっとご後見役になりましょう」
と御所さまの枕もとで仰られる。
御所さまは、相変わらずご機嫌のよいご様子で、
「こちらも独り寝は侘しいものだ。遠くないあたりに居よ」
などと申されました。
結局姫さまは、昨夜と同じお部屋に連れられて行き、またも一夜を過ごされたのです。

翌朝は、まだ明けきらぬうちに「還御」との知らせがあり、大騒ぎとなる。
姫さまも大急ぎでご準備に入られ、何か物言いたげなあの御方を振り切って、御所さまの御車の後部に同乗されましたが、そこには、西園寺の大納言殿(雪の曙)も乗車されておりました。

清水の橋(五条橋)の上までは、御所さまの御車に他の車も続いて走らせておりましたが、御幸は京極から北へとなるが、残りの車は西へと走らせるので、別れる時に何とはなく名残惜しいような気持ちになって近衛の大殿の車の影を見送ってしまったのには、姫さまご自身が途惑っておられたようでございます。

雲の上の人々の、渦巻くような権勢や欲望の中で、やんごとなき御身分の生まれとはいえ、翻弄され続ける姫様・・・。
この時、御歳はまだ二十歳の秋の頃だったのです。
( 第二章 完了)

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