第二章 ( 三十一 )
今日は御所さまのご主催で宴は行われる、ということで、藤原資高殿がお役を承りました。
何もかも十分な用意がなされ、かの白拍子の姉妹も参上し、たいそうなお酒盛りとなりました。
御所さまからのご馳走ということで、皆さま格別に振舞われ、大仰な酒宴となりました。
沈の折敷に金の盃を据えて、麝香の臍を三つ入れて、姉が頂かれました。金の折敷に瑠璃の器物に同じ臍を一つ入れて、妹が頂かれました。
後夜の鐘が打つ頃までお遊びになられましたが、また若菊を舞に立たせられて、「相応和尚の割れ不動」の今様を歌いましたが、『柿本の紀僧正、一旦の妄執や残りけむ』というあたりを歌う時に、善勝寺殿がふと姫さまの方を意味ありげに見つめられました。
姫さまも気がつかれたご様子でしたが、少し視線を伏せられただけで、それ以上の表情を見せられることはありませんでした。
やがて、人々の声はさらに高くなり、乱舞の中で宴は終わりました。
御所さまは御寝室に入られ、姫さまは寝入りかけている御所さまのお腰をお打ち申し上げておりましたが、筒井の御所でのあのお方が、姫さまの近くまで寄ってこられたのです。
「ちょっと、お話し申したい」
とお呼びになられますが、姫さまが動けるはずがありません。姫さまがそのまま座っておられますと、
「御所さまがお寝みでいらっしゃる折だけでも」
などと、さらに誘われるのです。すると御所さまが、
「早く行ってやれ。差し支えあるまい」
と、小声で仰ったのです。
姫さまは驚きと共に、死ぬほどに恥ずかしく悲しい気持ちになられました。
近衛の大殿は、御所さまの御足もとに座っていた姫さまの手さえ取って引き立てられたので、姫さまも立ち上がってしまわれました。
「院の御伽のために、こちらで過ごしましょう」などと、襖の向こう側から、あれこれ仰っておられた一部始終を、御所さまが寝入られたふりをして聞いておられたと思うと、姫さまは恥ずかしさに堪えられませんでした。
近衛の大殿に抱きすくめられ、激しく泣き崩れる姫さまも、お酒を過ごしていたこともあったのでしょうか、大殿の望みを拒みきることはできませんでした。
ようやく夜が明けようとする頃に帰してもらえましたが、姫さまが望んだ過ちではないとはいえ、悲しみをまた一つ重ねてしまわれました。
そして、さらに、悲しい経験を犯してしまって御前に臥しているのに、御所さまはいつもにも増してうららかなご機嫌でいらっしゃるのが、姫さまには堪えられない思いだったのでございます。
* * *
今日は御所さまのご主催で宴は行われる、ということで、藤原資高殿がお役を承りました。
何もかも十分な用意がなされ、かの白拍子の姉妹も参上し、たいそうなお酒盛りとなりました。
御所さまからのご馳走ということで、皆さま格別に振舞われ、大仰な酒宴となりました。
沈の折敷に金の盃を据えて、麝香の臍を三つ入れて、姉が頂かれました。金の折敷に瑠璃の器物に同じ臍を一つ入れて、妹が頂かれました。
後夜の鐘が打つ頃までお遊びになられましたが、また若菊を舞に立たせられて、「相応和尚の割れ不動」の今様を歌いましたが、『柿本の紀僧正、一旦の妄執や残りけむ』というあたりを歌う時に、善勝寺殿がふと姫さまの方を意味ありげに見つめられました。
姫さまも気がつかれたご様子でしたが、少し視線を伏せられただけで、それ以上の表情を見せられることはありませんでした。
やがて、人々の声はさらに高くなり、乱舞の中で宴は終わりました。
御所さまは御寝室に入られ、姫さまは寝入りかけている御所さまのお腰をお打ち申し上げておりましたが、筒井の御所でのあのお方が、姫さまの近くまで寄ってこられたのです。
「ちょっと、お話し申したい」
とお呼びになられますが、姫さまが動けるはずがありません。姫さまがそのまま座っておられますと、
「御所さまがお寝みでいらっしゃる折だけでも」
などと、さらに誘われるのです。すると御所さまが、
「早く行ってやれ。差し支えあるまい」
と、小声で仰ったのです。
姫さまは驚きと共に、死ぬほどに恥ずかしく悲しい気持ちになられました。
近衛の大殿は、御所さまの御足もとに座っていた姫さまの手さえ取って引き立てられたので、姫さまも立ち上がってしまわれました。
「院の御伽のために、こちらで過ごしましょう」などと、襖の向こう側から、あれこれ仰っておられた一部始終を、御所さまが寝入られたふりをして聞いておられたと思うと、姫さまは恥ずかしさに堪えられませんでした。
近衛の大殿に抱きすくめられ、激しく泣き崩れる姫さまも、お酒を過ごしていたこともあったのでしょうか、大殿の望みを拒みきることはできませんでした。
ようやく夜が明けようとする頃に帰してもらえましたが、姫さまが望んだ過ちではないとはいえ、悲しみをまた一つ重ねてしまわれました。
そして、さらに、悲しい経験を犯してしまって御前に臥しているのに、御所さまはいつもにも増してうららかなご機嫌でいらっしゃるのが、姫さまには堪えられない思いだったのでございます。
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