第二章 ( 二十一 )
姫さまが座を離れました後の様子をお伝えしましょう。
酒宴も半ばが過ぎて、かねてからの予定通りに両院が入られましたが、明石の上の代役の琵琶を弾く者がおりません。
事の有様を御尋ねになられますと、東の御方はありのままに申し上げられました。
「道理だ。あが子(院が二条を呼ぶ時の愛称)が座を立ったのももっともだ」
と言われて、局を尋ねられましたが、
「すでに御所を退出いたしました。お召があれば差し上げるようにと、お手紙を預かっています」
と、姫さまの下仕えの者が申し上げたものですから、御所さまはがっかりとなされ、折角の座は気まずい雰囲気になってしまいました。
姫さまが書き残された御歌は、新院も御覧になられて、
「たいそう心憎いことです。今宵の女楽は、今さら面白くもないでしょう。この歌を頂いて帰りましょう」
と申されて、還御なされたということでございます。
こうなった以上は、今参り殿も自慢の笙の琴を弾くことも出来なくなってしまいました。
「隆親大納言のやり方は正気の沙汰ではない。二条の局の振舞いは、心憎かった」
と、皆さまが申され、姫さまを咎められる言葉はなかったそうでございます。
翌朝まだ早い時間に、四条大宮の姫さまの乳母殿のもとや、六角櫛笥の久我の尼上のもとなどに、御所さまがお使いを下さって、姫さまをお探しになられましたが、いずれも「行方は分かりません」と申し上げるばかりだったそうでございます。
そのように、御所さまはさらにあちこちとお尋ねになられましたが、誰も姫さまの居場所を答えることはできませんでした。
姫さまにはそのような様子が噂として伝わってきておりましたが、これは良い機会なので憂き世を離れていようなどと申されておりましたが、十二月の頃からご妊娠の徴候がはっきりとしてきていて、そうそう勝手は出来ない体調だったのです。
それでも姫さまは、しばらくは隠れていて、この妊娠と出産の時期を過ごして、身二つになった後には、ご出家しようと考えておられたのです。
姫さまは、これから後は永久に琵琶の撥を取るまいとご決心なされていて、後嵯峨院から頂いた琵琶を石清水八幡宮に奉納されました。
その時、故御父上の大納言殿が書き残されていた文書の裏に、法華経をお書きになられ(石清水八幡宮は、神仏習合の神社)、経をお包になられる紙に次の御歌をお書きになられました。
『 この世には思ひ切りぬる四つの緒の 形見や法(ノリ)の水茎の跡 』
* * *
姫さまが座を離れました後の様子をお伝えしましょう。
酒宴も半ばが過ぎて、かねてからの予定通りに両院が入られましたが、明石の上の代役の琵琶を弾く者がおりません。
事の有様を御尋ねになられますと、東の御方はありのままに申し上げられました。
「道理だ。あが子(院が二条を呼ぶ時の愛称)が座を立ったのももっともだ」
と言われて、局を尋ねられましたが、
「すでに御所を退出いたしました。お召があれば差し上げるようにと、お手紙を預かっています」
と、姫さまの下仕えの者が申し上げたものですから、御所さまはがっかりとなされ、折角の座は気まずい雰囲気になってしまいました。
姫さまが書き残された御歌は、新院も御覧になられて、
「たいそう心憎いことです。今宵の女楽は、今さら面白くもないでしょう。この歌を頂いて帰りましょう」
と申されて、還御なされたということでございます。
こうなった以上は、今参り殿も自慢の笙の琴を弾くことも出来なくなってしまいました。
「隆親大納言のやり方は正気の沙汰ではない。二条の局の振舞いは、心憎かった」
と、皆さまが申され、姫さまを咎められる言葉はなかったそうでございます。
翌朝まだ早い時間に、四条大宮の姫さまの乳母殿のもとや、六角櫛笥の久我の尼上のもとなどに、御所さまがお使いを下さって、姫さまをお探しになられましたが、いずれも「行方は分かりません」と申し上げるばかりだったそうでございます。
そのように、御所さまはさらにあちこちとお尋ねになられましたが、誰も姫さまの居場所を答えることはできませんでした。
姫さまにはそのような様子が噂として伝わってきておりましたが、これは良い機会なので憂き世を離れていようなどと申されておりましたが、十二月の頃からご妊娠の徴候がはっきりとしてきていて、そうそう勝手は出来ない体調だったのです。
それでも姫さまは、しばらくは隠れていて、この妊娠と出産の時期を過ごして、身二つになった後には、ご出家しようと考えておられたのです。
姫さまは、これから後は永久に琵琶の撥を取るまいとご決心なされていて、後嵯峨院から頂いた琵琶を石清水八幡宮に奉納されました。
その時、故御父上の大納言殿が書き残されていた文書の裏に、法華経をお書きになられ(石清水八幡宮は、神仏習合の神社)、経をお包になられる紙に次の御歌をお書きになられました。
『 この世には思ひ切りぬる四つの緒の 形見や法(ノリ)の水茎の跡 』
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