麗しの枕草子物語
嘘だなんて
中宮さまのもとに出仕し始めた頃は、何もかもが恥ずかしくて、なんで宮仕えなどと身分不相応なことをしたのだろうと思ったことでしたわ。
その頃のことでございます。
中宮さまのお側近くでお話などされている中に私も加わっていたのですが、お話の流れの中で、わざわざ私に向かって、
「そなたは、わたくしのことをどう思っているのか」
と、お尋ねになられました。私は緊張しながらも、必死に自分の気持ちを伝えようと思いました。
「それは、もう、何にもまして大切にお思い申し上げております」
と申し上げるのに合わせたかのように、台盤所のあたりにいる誰かが、大きなくしゃみをしたのですよ。
「まあ、何と嫌なこと。虚言(ソラゴト)なのね。もう結構ですよ」
と、中宮さまはご機嫌を損じられて、奥に入ってしまわれました。
嘘を言っていると、くしゃみが出るとはよく言われることですが、私の言葉に嘘偽りなどあるはずがございません。大体、いくら台盤所にいるからといっても、中宮さまの御前近くで大きなくしゃみなどするなんて、無作法が過ぎますよ。
「くしゃみの方が嘘をついているのですよ」と、弁解申し上げたいのですが、何分にも新参の身ですからそれもならず、ただただ悔しくて、惨めな気持で時を過ごし、夜が明けたので自室にすごすごと戻りました。
自室に戻って間もなく、浅緑の薄様の紙に書かれた美しい手紙を女官が持ってきました。開けてみますと、
「『いかにしていかに知らまし偽りを 空に糺(タダ)すの神なかりせば』(どうしたら、どのように分かったかしら、そなたの嘘は、天に糺すの神がいなければ)
と、中宮さまは思っていられますよ」
と、書いてありました。
立派な御手紙ですが、それだけに昨夜の無作法な人のことが憎らしくて憎らしくてねぇ。
「『淡(ウス)さ濃さそれにもよらぬはなゆえに 憂き身のほどを見るぞわびしき』(色が薄いとか濃いとかに関係のないハナのために、こんな辛い目にあうわが身がなさけのうございます)
ぜひ、これだけは申し上げてご機嫌をお直しいただいてくださいませ。識の神もご存じですから。嘘を申し上げることなど畏れ多いことでございます」
と書いて、ご返事申し上げましたが、その後でも、悔しくて、悔しくて・・・。
(第百七十六段・宮にはじめてまゐりたる頃、より)