麗しの枕草子物語
悲しみの頃
御父上関白道隆殿が薨去されて後、中宮さまは毎月十日の日に御供養をされておりましたが、九月の十日の御供養は職の御曹司にて執り行われました。
上達部や殿上人など随分多くの方がお集まりになられました。
講師の清範殿のお説教がとても哀切なもので、日頃信心深くもなさそうな若い女房たちまでが涙を流しておりました。
御供養が終わり宴席となり、皆様お酒を酌み詩など吟じておられましたが、頭中将斉信の君が、
「月秋と期して身いづくか・・・」
と、すばらしい朗詠をなされました。
どうして、これほどこの場にあった詩を思い出されたのでしょうと思い、中宮様のもとに参ろうとしますと、中宮さま御自らお立ちになって奥から出ておいでになられました。
「実にすばらしいですね。まるで、今日の法事のために作って置いたような詩でしたわねえ」
と、仰せになられましたので、
「私もそのことを申し上げたくて、拝見するのもそこそこに参りましたのです。ほんとうに、すばらしくてたまらない気がいたしましたもの」
と申し上げますと、
「そなたには、ひとしおそのように感じられることでしょうね」
と仰せになられる。
斉信の君は、何かのご用のある時や、そのようなことがない時でさえ私に何かとご厚情を示されることを中宮さまはご承知になっていて、このようなことを仰せられたのですが、この悲しい行事の中でも、私にこのような言葉で明るく振舞われようとされるのが、痛いほどに伝わってくるのでございます。
(第百二十八段・故殿の御為に、より)