むば玉の 夜の更けゆけば 楸生ふる
清き川原に 千鳥鳴くなり
作者 山辺赤人
( No.641 巻第六 冬歌 )
むばたまの よのふけゆけば ひさぎおふる
きよきかわらに ちどりなくなり
* 作者は、万葉集を代表する歌人の一人である。生没年は未詳。聖武天皇(在位724-749)の頃の人らしい。
* 歌意は、「 夜が更けてゆくと、楸の生えている 清い川原に 千鳥が鳴いているよ。」
なお、「むば玉」は夜の枕詞。「楸」はキササゲともアカメカシワともいわれ、落葉の高木らしい。
* 作者 山辺赤人(ヤマベノアカヒト・山部とも。)は聖武天皇の頃の宮廷歌人であったらしい。山上憶良、大伴旅人などと同時代の人物らしい。
官位は、外従六位下と伝えられており、貴族ではなく下級の官吏であったようだ。また、この「外」というのは、中央貴族に与えられる「内位」に対する「外位」という意味で、地方出身、あるいは傍系の官吏といった地位だったのかもしれない。
* ただ、山辺赤人の歌人としての評価は大変高かったようで、紀貫之による古今和歌集の仮名序では、柿本人麻呂と山部赤人は甲乙つけがたいといった評価をしている。
その評価は決して片寄ったものではなく、万葉集だけでなく、新古今和歌集にも7首入選しており、勅撰和歌集全体では49首が採録されている。
* また、赤人の和歌で私たちに最も馴染み深いのは、小倉百人一首に入っている歌だと思われるので紹介させていただく。
なお、この和歌は、新古和歌今集の675番にあるが、もともとは万葉集の長歌に対する反歌であるが、一部語句が変えられている。
『 田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ 』
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