雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

ひとときひとときの大切さ

2023-06-10 19:37:02 | 日々これ好日

     『 ひとときひとときの大切さ 』

    ここ数日 厳しい日々だった
    また 大切な人を見送ってしまった
    何も 初めての経験ではないが
    こうした現実に直面すると
    人と人のつながりは どのような関係であれ
    不可思議な 縁とも言える
    ひとときひとときの大切さを また教えられた

                   ☆☆☆

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酒の泉のある里 ・ 今昔物語 ( 31 - 13 )

2023-06-10 08:00:52 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 酒の泉のある里 ・ 今昔物語 ( 31 - 13 ) 』


今は昔、
仏道修行をしながら旅をする僧がいた。
大峰という所を通っている時に、道を間違えて、何処とも知れぬ谷の方に入っていくと、大きな人里に出た。
僧は、「良かった」と思って、「どこかの家に立ち寄って、『この里は何という所か』などを尋ねよう」と思いながら歩いて行くと、その里の中に泉があった。石などで築いた立派な泉で、上は屋根を造って覆っている。
僧はこれを見て、「この泉の水を飲もう」と思って近寄ったところ、その泉の水の色はたいそう黄ばんでいる。「どうして、この泉の水は黄ばんでいるのだろう」と思って、さらによく見ると、この泉は、何と水ではなく酒が湧き出ていたのである。

僧は、奇怪なことだと思って、立ち尽くしたままじっと見ていると、里の人たちが大勢出てきて、「そこにいるのは、どういうお方か」と訊ねるので、僧は、「大峰を通っている間に道を間違えて、思いがけずここに来てしまったのです」と、来てしまった経緯を述べた。
すると、一人の里の人が、「さあ、いらっしゃい」と言って、僧を連れて行くので、僧は言われるままに、「いったい何処に連れて行こうとしているのだろう。私を殺すために連れて行こうとしているのだろうか」と思ったが、拒絶する事でもないので、この案内する人の後ろについていくと、大きく裕福そうな家に連れて行った。すると、その家の主らしい年配の男が出てきて、僧にここにやってきた様子を訊ねたので、僧は前と同じように答えた。

その後、その家の主は僧を家の中に呼び上げて、食事をさせてから、若い男を呼んで、「この人を連れて、例の所に行け」と命じたので、僧は、「この家の主は、この里の長者などであるのだろう」と思ったが、「それにしても、私を何処に連れて行こうとしているのか」と、怖ろしく思っていると、命じられた男は、「さあ、行きましょう」と言って連れて行くので、僧は「怖ろしい」と思ったが逃れる方法もなく、言われるままについて行くと、人里離れた小山に連れて行かれた。

若い男は、「実は、お前さんを殺すために、ここへ連れてきたのだ。これまでにも、お前さんのようにここへやってきた人を、帰ってこの里の有様を人に話すのを恐れて、必ず殺しているのだ。だから、『ここにこのような里がある』ということを、誰も知らないのだ」と言うので、僧はそれを聞いて絶望しながらも、泣く泣くこの若い男に、「私は仏道を修行しています。『多くの人を救いたい』と思って大峰にまで入り、心を尽くし身を砕いて修行を続けていました。ところが、道を間違えてしまい、思いもかけずこの里に来てしまい、命を落そうとしています。人間の死というものは、決して逃れられるものではありません。されば、それを恐れているわけではありません。ただ、あなたは、殺そうとされていますが、それは大変大きな罪ですから、何とか、この命を助けてくれませんか」と言った。

若い男は、「まことに、おっしゃることはもっともなので、許してあげたいが、もしかすると、お前さんが帰ってからこの里のことを人に話すのではないかと、それが怖ろしいのだ」と言った。
僧は、「私は、この里の有様を、故郷に帰って人に話すことは決してしません。世にある人は、命に勝るものはありませんから、命さえ助けていただければ、どうしてその恩を忘れることなどありま
しょう」と言うと、若い男は、「お前さんは僧の身でおいでだ。また、仏道を修行されているお方だ。お助けいたしましょう。但し、『どこそこにこの様な所がある』と言うことを絶対に話さないのであれば、殺した振りをして許してあげましょう」と言ったので、僧は嬉しさのままに様々な誓言を立てて、決して他言しないと熱心に言ったので、若い男は、「くれぐれも他言無用ですぞ」と繰り返し口止めして、道を教えて帰してやったので、僧はその男に向かって礼拝し、来世までこの恩を忘れない旨を約束して、泣く泣く別れ、教えられた道を辿って行くと、人が行き来している道に出ることが出来た。 

さて、故郷に帰り着くと、あれほど誓言を立てていたが、もともと信義がなく口の軽い僧なので、いつしか会う人ごとに、この事を語ったので、これを聞いた人は誰もが、「それで、どうした」と言って聞きたがるので、里の有様や、酒の泉が有ることなど、たいそう得意げに何一つ漏らすことなくしゃべりまくった。
すると、年若く血気盛んな者共が、「これほどの事を聞いたからには、何としてもこの目で確かめねばならぬぞ。そこにいるのが『鬼だとか神だとか』というのであれば怖ろしいが、聞けば人間ではないか。其奴ら
がどれほど猛々しい者だといっても、神や鬼ほどのことはあるまい。さあ、行って確認してやろう」と言って、若くて肝が太く力が極めて強く、腕に覚えのある者五、六人ばかりが、各々弓矢を帯び刀剣を引っさげて、この僧をともなって、気負い立って出掛けようとするのを、年配の者たちは、「それは、つまらぬ事だぞ。彼らは、自分の土地なので、十分に備えているに違いない。こちらは知らない土地に行くのだから、とても危険だ」と言って制止したが、気負い立って言い出したことなので、若者どもは聞き入れようとしない。また、僧も盛んにけしかけたのであろうか、皆そろって出掛けて言った。

ところで、この出掛けていった者どもの父母や親類たちは、それぞれに不安に思い、歎き合うこと限りなかった。
果たして不安を感じたように、その日は帰らず、次の日も帰らず、二、三日経っても帰ってこないので、いよいよ悲嘆にくれたが、どうすることも出来ない。
さらに、長い間帰ってこなかったが、「捜しに行こう」と言う者は一人もなく、ただ歎き合うばかりであったが、遂に帰らないままになったので、きっと、出掛けて行った者は
一人残らず殺されてしまったのであろう。
本当は、その事がどのようであったのかは、皆殺しにされているのだから、どうして知ることが出来よう。
実につまらないことをしゃべりまくった僧だと言える。黙っておれば、自分も死なず、多くの人を殺さずにすんでおれば、どれほど良かっただろう。

されば、人は信義を守らず口軽きことは決して行ってはならない。また、たとえ口が軽くてしゃべったとしても、それにつられて出掛けていった者どもも愚かである。
その後、その場所については、何の便りもない。
この事は、あの僧が語ったのを聞いた人が、
語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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