マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

萱森頭屋祭のマツリ用具調製

2016年07月10日 08時56分28秒 | 桜井市へ
大凡10カ月間も神棚で神さんを祭ってきた頭屋家は前夜に神輿へ遷された。

翌日のこの日は朝から忙しい。

山間地にある桜井市萱森。

標高400mから480mに3垣内が分散する集落だ。

かつては集落内に小学校もあったくらいに住民数は多かった。

昭和30年代は60から70戸もあったが、村を転出される家が増えて今では17戸。

4軒の宮垣内、4軒の中垣内、9軒の下垣内の3垣内からなる。

今年の頭屋家は下垣内。

頭屋家の隣近所の人たちがマツリ用具の製作をしていた場所は門屋の下だ。



二老でもある祭頭総代はネンブリ(萱森ではコカンボと呼ぶネムの木)の木を伐った材でヨキ、オノ、それぞれを二組作る。

写真では判り難いが両面にマジックインクで細い線を書く。

左が三本で、右は四本だ。

テオキの呼び名もあるヨキ。

充てる漢字は四木。

何故に三本、四本の側面線であるのか。

スマホを駆使してネット探しした頭屋家の娘。

調べた結果といえば、「身を避ける」ということだ。

「身」は「三」で、「避ける」は「四」。

いわゆる語呂合わせである。

「四」は四気。

「太陽、土、水、空気」の四つ、或は「地、水、風、火」でもあるらしい。

ついでに云えばオノも同じく三本、四本線がある。

並べたら、どれがどれだか判らない。

ちなみにヨキ、オノは神社鳥居にかける注連縄に括ってぶら下げる。

萱森ではネムの木をコカンボと呼んでいた。

住民によってはネムの木が訛ってネンブリと呼ぶ人もいる。

ネンブリの葉はトイレに入れると話す頭屋家婦人。

虫が湧かんようにということだ。

水洗便所では虫は湧かない。

私が二十歳まで暮らした大阪住之江の実家が木造住宅時代はボットン便所だった。

今では恐ろしくて、ではなく、足、膝が耐えられない屈んだ状態の排便が懐かしい。

頭屋家婦人が話した虫が湧かないというのはボットン便所時代のことであろう。

枝ごと伐採したネムの木の葉は汲み取りの口から放り込む。

枯れた葉ではなく生葉だった。

便所に湧く蛆虫に去ってもらうまじないのようなものだと話していた。

カマボコ板のような大きさの木を5枚重ねて苧で括っていた頭屋。

頭屋は一老でもあるし、最年長の太夫でもある。

マツリのときにはどの装束になるのか、楽しみだ。

それはともかく頭屋が作っている材はヨキ、オノと同じネムの木である。



重ねた一番上にある木の札に頭人の名前を書きこむ。

これを二組作って鳥居下の両端に置く。

この頭屋の札は「シバ」と呼んでいる。

「シバ」とは何だろうか。

萱森の人たちは判らないという。

私見であるが「シバ」の名で思い起こすのは他所の事例である。

天理市の荒蒔、同市の南六条、大和郡山市の額田部、同市の柏木などで見られるトーヤ家の門。

そこに笹竹を両側に立てる。

土台は芝生だ。

昨今は人工芝に替えた地域もあるが、芝生である。

閃いたのが、その「芝」である。

萱森の頭屋家の印は神社の鳥居下。

場や形式が違っていても名前は同一の「シバ」であった。

頭人、祭頭総代は神社祭祀を務める一老、二老。



二人揃って燈籠、狛犬、掘切小社の春日社と八幡社や山の神などに掛けるコジメ(小注連縄)を結う。

藁材は頭屋家が山間棚田で育てたヒトメボレだ。

収穫した新米藁で結っていた。

鳥居に掛ける注連縄は太目。

頭屋が予めシビ取りをした藁束はヨコヅチで叩いて藁打ちをする。

柔らかくなるまで叩いていた。

県内事例に見られる大注連縄作りは藁束を継ぎ足しして三本拠りする地域が多い。

が、である。

萱森では人足が少ないために作業を工夫して継ぎ足すことはない。

土間とかに藁束を寝かして並べるのだ。

緩んで崩れないように継ぎ足したところは藁縄で強く縛る。

頭になる三本を藁縄で括る。

それを門屋の鴨居にロープで吊るす。



これを三人がかりで捩っていくのだ。

尾の方は撚りながらくるりと曲げてできあがり。

ではなく、房を取り付ける。

房はもっと太目。

これを四束並べてぐぐっと折り曲げて藁縄で締める。



ほぼ出来上がりの状態になれば形を調える。

鴨居に架けた大注連縄からはみ出た藁は鋏で刈り取る。

突き出た藁は引き抜く。



この年はこうした作業であるが、垣内によって若干異なるらしい。

昔はもっと大勢で注連縄を結っていた。

もっと太くて長かったと述懐される。

大注連縄が綺麗にできあがったら、やっとこさの昼食になる。

昼食は祭祀役員および手伝いさんの作業を労いもてなす頭屋家の接待料理。

昔は頭屋家で作った料理だったが簡略化。

料理屋に注文するパック詰め料理に替わった。



頼んだ昼の食事は初瀬街道にある「太寅」。

寿司、料理、仕出し屋を営む料理屋さんだ。

何人かは頭屋家でよばれたが、垣内住民のほとんどは自宅に持ち帰って食べる。

と、いうのも、一旦は解散して1時間後に再び参集する。

そのときはそれぞれが正装してやってくるのである。

先端に黄金色の金属ポールがある大きな日の丸旗を掲げた頭屋家。

伐りとってきた青竹が映える。



高さ6m半にもなる「高龗神社」の幟や頭屋家を示す幕も張っていた。

幟の長さは3m半。

結構な長さである。

その手前に立てて位置を調製しているのは御榊を差し込んだ鏡と刀の立矛や紅白の日ノ御旗、月ノ御旗、槍立矛に御榊台。

頭屋家婦人が並べていた。

(H27.10.24 EOS40D撮影)

萱森遷しまし頭屋祭

2016年07月09日 09時56分59秒 | 桜井市へ
前年に家族を亡くされた家は服忌で神事ごとには参列できない。

集落には親戚筋も何軒かある。

数珠つなぎのように一族は服忌一年をつとめる。

喪に服した一年間が経てばようやく参列できる。

服忌期間は丁度の一年。

当該の日が過ぎなければならない。

マツリの日はそういう事情もあって一週間も遅らせた。

服忌家の都合でもなく、これは村の考え方。

出仕される宮司もその日であれば兼務社の行事も重ならない。

揃って都合がいいのだ。

3月1日、頭屋家はその日に迎えた神さんを祀るヤカタを自宅で祭ってきた。

およそ10カ月間も祭ってきた神さんはこの日の夜に神輿に遷される。

神事関係者が出入りする頭屋家の門屋前に塩を撒いて敷き詰めていた。

なぜにこのようなことをするのか、である。

つい数日前に村の人が亡くなったからである。

遷しまし神事に参列する祭頭総代、中老、副中老は頭屋家に来るまでに神社でお祓いを受けていた。

祓い清めてもらった参列者であるが、頭屋家はさらに塩を撒いて祓っていたのである。

この夜に遷しまし頭屋祭が行われる桜井市萱森は山間部。

街灯なんぞまったく見られない山間集落だ。

頭屋家の玄関脇。



ローソクに火を灯した御神燈を吊り下げていた。

喪に服する村の規定がある。

亡くなった人が一親等であれば一年間。

二身等であれば百か日間も喪に服する。

頭屋家の座敷にあがった神事関係者は祝いの紅白饅頭をいただく。

水分はお酒でなくこぶ茶である。

そろそろ始めましょうと宮司が動きだす。



祓えの詞、修祓、御神輿に遷しませ・・とかしこみ申す祝詞を奏上する。

頭屋は祭壇の前に座って拝礼する。

これより神遷し。

屋内の灯りすべてを消す。

室内は真っ暗になった。

暗闇のなかに声や音だけが聞こえる。

中老は廊下に置いてあった神輿を室内に移す。

宮司はオォォーーの警蹕音とともに御扉開き。

ヤカタに坐いました神さんは神輿に遷られた。

御扉を閉じて電灯を点ける。



神さんは神輿に遷られた。

白布敷いた場に神饌を供えた。

明日のマツリに担がれた神輿は神社に戻られる。

今夜の一晩は頭屋人とともに神輿で住まう。

この夜の神事に立ち会った二人の中老。

服忌があった家は中老を務める予定だった。

神事に参列することができなくなり、急遽決まった代役である。



遷しまし神事を終えた頭屋家は家で作った接待のアンツケモチでおもてなし。

二老でもある祭頭総代はこれをアンコロモチと呼んでいた。

餅は電器機械で搗いたが、餡は店屋で買ったそうだ。

(H27.10.23 EOS40D撮影)

インド料理ガンジス川大和郡山店のAランチ

2016年07月08日 08時40分10秒 | 食事が主な周辺をお散歩
インド料理「ミラン」でナンカレーのセット料理を食べるようになってから気がかりになったお店に向かう。

この日は送迎の仕事。

毎週の月、水、金曜日はお店の前を通る。

車道は幹線道路の国道25線。

筒井町西と東側の筒井町信号のちょうど間ぐらいにあるインド料理店。

看板に「ガンジス川」とある。

ここはかつて天下一品のラーメン屋さんだった。

昨年だったか、それより以前だったか、ラーメン屋さんは建物を残して退去された。

それから数カ月後、建物全景を残しつつリニューアル。

と、いうよりも経営者が替わったのであろう。

どんなお店になるのか送迎患者さんとともに待っていた。

半年くらい前の6月初めに開店したお店は「ガンジス川大和郡山店」。

ナンのカレーセットなどいろんなメニューがあるらしい。

通るたびに出入りする客数を見ていたが、動きは感じない。

走行する時間帯が違うのかも知れない。

この日の朝8時半。

お店の前を通過した。

駐車場に見慣れない看板がある。

「ガンジス川大和郡山店の駐車場はここまで」という看板だ。

駐車可能台数はざっと数えて10数台。

インド料理「ミラン西の京店」の駐車台数は20数台。

倍ほどの差異であるが、土地立地条件も絡んだ駐車場契約の差異であろう。

いずれにしても「ガンジス川大和郡山店」は10数台が停められるということだ。

この日、始めて入店するインド料理店。

駐車台車は2台。

ドアを開ければテーブル2席、それぞれの場で食べておられた。

テーブルに着くなり持ってきくる水とおしぼり。

メニューは決めていた850円のAランチ。

ライスもあるがナンをメイン。

「ミラン」のナンと味の食べ比べだ。

カレーはチキン若しくは野菜。

いずれかを選ぶ。

これもまた「ミラン」と比較したいのでチキンカレーだ。

ランチセットにはドリンクがついている。

いろいろあるがラッシーを選んだ。

たしか、「ミラン」はなかったと思う。

先に運ばれたのはラッシードリンクとサラダの皿。

ラッシーの味は・・。

さっぱりして美味しい。

仕事帰りの一杯にカラカラに乾いた口や喉を潤してくれる。

一品のサラダは千切り野菜。

かかっているドレッシングに絡ませて食べる。

食べる道具はフォークでなく割り箸だ。箸は摘まみやすい。

掴む量も加減できる。

インド料理店に箸があれば年寄りも助かる・・ということだ。



数分も待たないうちにナンとカレーが運ばれた。

バスケットから溢れたナンは二つ折り。

入りきらないほどの大きさに驚く。

「ミラン」も大きいと思っていたが、「ガンジス川」のナンは遙かに凌駕する大きさだ。

手で千切ってカレーに漬けて食べる。

甘味を感じるナンはスパイスが利いたカレー味と混ざって美味いのである。

そういえば辛さにランクはあったのだろうか。

尋ねることもなかった店員さん。

それも気が付かない私の味覚はそんなものだ。

辛さのランク表はテーブル席に置いてあった。

それによれば、レベル0が子供向け、1は甘口、2が普通、3は日本の中辛、4がインドの辛口、5は激辛、6も激辛・・・。

辛さ加減はなんだろうと思って聞いてみたらレベル2。

普通というか一般的な辛さだという。

そういえばあまり辛さを感じないチキンカレー。

次回に来たときはレベル3にしてみたい。

食が進むナンカレー。

千切っては浸けて口に入れる。

千切った一切れは4回ほど浸けて食べる。

始めはアツアツだったが、そのうち冷める。

冷めても美味しいナンカレー。

メニューにナンのおかわりができると書いてある。

書いてはあるが、頼むことはできない。

あまりにも大きいナンは圧倒される量。

おかわりなんてとんでもない。

胃袋は腹八分目を越していた。

食べていたころも来店する消費者。

配膳されたナンの大きさにびっくりされてスマホ写真を撮っていた。

カレーに埋もれていたチキンが出てきた。

数は四つ。

食感は歯応えのない柔らかチキン。

口の中に入れたら溶けるような柔らかさだ。

これもまた良いのである。

支払いは現金払い。

税込850円を支払って、店をでる。

レジでもらった「ガンジス川」のチェーン店。

御殿場、榛原、駒越、中島、金谷、丸子・・・いずれも静岡県のアドレスだ。

表は大和郡山市筒井町の「大和郡山店」。

えらいところから出張してきたものだ。

それから1年後の平成28年11月1日。

夜の7時半の帰路に国道を走っていた。

「ガンジス」は真っ暗だ。

店内に灯りが点いていない。

早くも店仕舞いをしたようだ。

それからの日々は見ていないが、11月16日に通ったときには店の看板があがっていた。

店名は「エレベスト」。

インド・ネパール料理店の看板になっていた。

(H27.10.30 SB932SH撮影)

下三橋店はま寿司の回転寿司

2016年07月08日 08時14分29秒 | 食事が主な周辺をお散歩
退院してから2カ月も経過した。

状態はやや高めの異常脈拍数。

起きている場合は特に症状を感じない。

食欲も旺盛でいたって元気・・だと思っている。

しばらく離れていた回転寿司。

そろそろ食べたくなって3人で出かけた。

毎月だったか、数週間おきだったか数えていないので判らないが、一皿が平日90円+消費税でいただける。

秋の特別バージョンネタが載っていたチラシ。



流行りの回転寿司店が提供するラーメンは食べられないが、アオサの汁椀はOKだ。



おすすめ寿司も流れるが、一人一人の好みが一致するにぎり寿司は待っているだけで時間がかかる。

お気に入りはタッチパネルで選ぶ。

回転レールに近い席に座ったもんは、注文する声を聞いてタッチする。

よく似た寿司ネタもあるから間違いを起こしやすい。



私がイチバンに注文するのはカラアゲ軍艦巻きだ。

マグロにぎりを頼んでから甘酢ショウガをたっぷり取り寄せる。



軍艦巻きはネギトロも。



うなぎ煮にぎりは特別版だったかな。

なんとなくお皿の模様が違うからそうであろう。



カキフライ軍艦巻きも大好物だ。



ヤリイカの姿作りも大好きだ。



もっと美味いのはツブガイのにぎり。

カリコリ感がたまらないのである。



レーンを流れてきた巻きはネギトロ。

思わず手を伸ばした。



これも特別版の炙りサーモン。

口に入れた瞬間にジュワーである。

これも特別版の小皿。



サザエではなく煮ものにタレを垂らした赤ニシ貝。

だと思う。

またもやカキフライ軍艦巻き。

二度目も美味しい。



これって大葉漬けの真イカかも。



えーいっ、勢い余ってローストビーフまで注文した。

勢いは止まらずたまご出汁巻き。



いわゆる厚焼きタマゴだ。

これが美味いのだ。

今日イチバンの味だった。

〆て3人食べた皿数は42皿。

平日90円の一般皿が圧倒的な枚数であるが10枚ほどは特別版。

一枚が150円だった。

クレジットカード支払いが不可のはま寿司。

現金で支払った合計金額は税込4637円だった。

(H27.10.22 SB932SH撮影)

つるまる饂飩針テラス店の冷たいぶっかけうどん

2016年07月08日 08時11分31秒 | 食事が主な周辺をお散歩
久しぶりに入店した針テラスのつるまる饂飩。

ぶっかけうどんの価格が320円。

なんと、なんとの値上げである。

平成26年8月に食べたときは消費税アップの290円だった。

それがなんと、なんとの50円アップ。

レシートをみれば、「うどん」が290円で、「冷」は0円。

もうひとつが「ぶっかけ」である。

それに値段が付いた。

30円である。

合計で320円。

内税に23円とあった。

料金はアップしたが、味のアップは感じない。

それでも美味いぶっかけうどん。

これを食べなきゃ針テラスに来た値打ちがない、と、思っている。

(H27.10.18 SB932SH撮影)

オークワ筒井北店のテナベカツドン

2016年07月08日 08時10分48秒 | あれこれテイクアウト
送迎の仕事を終えて桜井市の山間へ出向く。

丁度の昼時刻に弁当の買い出し。山間は店屋が少なく手ごろな弁当を売る店は数軒のコンビニぐらいだ。

そのコンビニはルートから外れている。

時間は惜しい。

少しでも早く着きたいと思って大和郡山市内のスーパーオークワに決めた。

店は筒井北店。

仕事先から5分程度で着く。

お寿司も良いがやや高め。

財布と相談して決めた弁当は380円のテナベカツドン。

タマネギに絡めた玉子とじ。

包丁で切ったトンカツを盛っている。

紅ショウガが気にいって購入した。

自前袋があるとボタンを押すセルフレジ。

ポイントカードを入れて品物のバーコードを読ます。

袋がなければ2円のエコ値引きは当然なる節約対応である。

お買い上げポイントは1点。

たしか200円につき1点だったような気がする。

これまで貯めたポイントは59点。

何年か前にすべてを現金化した。

8千円ぐらいだったと思う。

あれから購入機会は少なくなっていたが、59点もあるんだ。

蓋を開けたらカツドンの香りがする。

カツの脂身は少ないが、出汁が美味いのだ。

程よい食感のタマネギを絡めた玉子とじとともにご飯を箸でよそう。

口に放り込む。美味い。

多めにある紅ショウガは分散配置する。

一方、この手の弁当には似つかない、というかたいへん珍しく三つ葉が添えてある。

巻き寿司にも見られなくなった三つ葉のシャキシャキ感が嬉しい。

ご飯の量はやや多めに感じたテナベカツドン。

「テナベ」が何を意味するのか判らないが、味がとても美味しいのだ。

ガツガツ食べたテナベカツドンの蓋には栄養成分表が貼ってあった。

と、いうことはスーパーオークワのバックヤード製造ではないのだ。

主だった栄養成分数値を見る。

脂身は31.3g。

炭水化物は112.5g。

多いはずだ。

心臓リハバリ中の私が一番に気にする塩分。

ナトリウム表記で2.0gとある。

2.0gは2000mg。

400で割れば5g。

塩分相当では5gであった。

えらいことである。

仮に朝食が1gの摂取量とすれば夜食は0gにしなければならない。

困ったことになった。

食べてからでは遅いがお寿司にしたらどうであったろうか。

(H27.10.16 SB932SH撮影)

インド料理ミラン西の京店のCランチ

2016年07月08日 08時05分09秒 | 食事が主な周辺をお散歩
9月に死去した叔父。

嫁さんは10歳上の私の従妹。

娘は二人いる。

次女は結婚して生駒市に住んでいることは知っている。

前月の四十九日は彼女らの生まれ故郷の河南町で法要を営まれた

私たちが結婚したころはまだ幼女だった。

それから云十年。

かーさんもよく知っている次女はアルバイトをしていると話していた。

勤務先はアピタ大和郡山店に併設するDIYなどを専門にするユーホーム大和郡山店。

いずれも名古屋を本社に構えるユニー株式会社だ。

気心が合うかーさんと次女は長電話にメールでやり取りしている。

近くにいるものだから食事でも、ということになった。

食事処をどこにするか。

我が家で最近話題になったインド料理店。

カレーをナンに漬けて食べる料理はとても美味かった。

舌が覚えてしまったカレー味。

もっぺん行きたいと思っていたところだ。

決まったら予約すべし。

なんせ昼間は20台も収容できる駐車場が満杯になる。

お店の予約は可能だが、駐車場に予約制はない。

満車であれば待つしかないのだ。

この日は平日。

一般的には休日の方が客は多い。

ところがミラン西の京店は平日が多いのだ。

数台の空白があった駐車場に停めた。

数台横に彼女の車があった。

予約していた時間の待ち合わせ。

積もる話は電話以上である。

メニューは前回に訪れた際にひと通り見ている。

違いがあるのは日替わりカレー。

この日は野菜カレーだと店員さんが伝える。

私はもっぺん食べたかったタンドリーチキン。

味は濃い目である。

家でも食べてみたい味はスーパーで売っていた。

たしか得値の安売り100円。

チキンに混ぜて炒めるだけだったと思う。

それは家の料理。

炭火で焼くと思われるミランのタンドリーチキンをもっぺん食べたい。

そう思って注文した990円のCランチ。

この日のサービスに一切れの生パイナップルが付いてくる。

とにかく美味いと褒めたたえたCランチ。

彼女もかーさんも同じく注文する。

カレーはどうするかと云えば、日替わりでなくチキンカレー。

0から5段階までの辛さが選べる。

前回の私はランク2を選んだ。

辛さはそれほど感じない。

もっと味わいたいと思ってランク上げ。

4を注文した。

彼女は辛さが堪えるのかランク1。

かーさんはランク2だ。

それにしても店内は女性だらけ。

男性の姿が見えないのだ。

陰に隠れているのかも知れないが、昼間を楽しむ女性はゆとりタイム。

食事もおしゃべりも楽しんでいる。

10分後に運ばれたCランチ。



とにかくデカいナンに圧倒される。

手で千切ってチキンカレーに漬ける。

口に入れる。

やっぱり美味い。

ランクは4に上げたが、辛さはキツいとも思えない。

ほぼ3と同じくらいだ。

しゃべりよりも手が止まらないナン千切り。

千切ってはナン漬け。

食べる、食べるを繰り返し。

美味いものほど止まらないというのはこのことだ。

キャベツ等のドレッシングかけサラダは一般的だ。

これといった特徴は感じない。

口直しに放り込んだタンドリーチキンは2個盛り。

前回よりもやや小ぶり。

色も濃くないが、味は抜群だ。

食べ終わってからも懐かしい話で盛り上がる。

サービスに付くプリンのデザートやソフトドリンク一杯で時間を過ごす。

周りは空テーブルが目立つようになっていた。

入店してから1時間半も越えていた。

落ち着きのある佇まいに話も長くなる。

長居はできない彼女の出勤時間。

食後は我が家でゆっくりしてもらおうと思っていたが、一旦は家に帰らねば・・というので予め買っておいたお土産を手渡して解散した。

支払いは3人分の一括現金払い。

チェーン店が何店舗もあるからクレジットカード支払いができるようにしてもらいたいものだ。

(H27.10.13 SB932SH撮影)

大安寺八幡宮の花御供と餅御供

2016年07月07日 08時42分11秒 | 楽しみにしておこうっと
前日に大和郡山市白土町在住の知人が紹介してくださった大安寺八幡宮の宮司。

携帯に電話してから数時間後に応答があった。

いつでも来てくださって構わないと伝える宮司の言葉に釣られて早速伺う。

前日に訪れるも不在だった宮司は社務所で待っていた。

宮司は神戸市西区が出身。

ひょんなことから大安寺八幡宮の宮司を務めることになった。

縁のさきがけは奥駆け修験者の時代。

天河大弁財天社の神徳を得て神職になった。

神社庁で学習して役に就いたのが大安寺八幡宮。

平成23年のことである。

それまで2年間は先代宮司とともに祭りに就いていた。

在住する神戸からの通いの仮住まいであった。

神戸からは片道1時間半の阪神高速道路をひた走る。

2年間は先代宮司と共に務めたが、一旦は退いて神戸に戻って生業の建築業をこなしていた。

平成27年になってからだ。

氏子から電話があった。

先代宮司が辞めることになって継いでほしいと願われた。

正式には8月15日。

9月1日には辞令もでた。

先代宮司はI氏。

杖をついて神事を行っていた。

宮司期間は22年間。

私がお会いしたのは平成20年10月11日。

マツリ前日に訪れたときにお会いした宮司はこの人に違いない。

当時の社務所はいつ損壊するかも判らないぐらいの状態であった。

いつしか新築する話題がでるようになった。

現在の社務所は平成25年9月に竣工した。

私からみれば異次元に入り込んだかのように思えるピカピカ造りである。

現宮司が話す大安寺八幡宮以外の地で行われた神事。

その地は柳生の大字忍辱山であった。

氏子が着る装束は襟か袖、足首も縛っていたという。

素襖でもないような装束と思える特殊な様相に興味をもつ行事は素盞鳴尊社の秋祭りのようだ。

宮司の出身・住居は神戸市の西区。

氏神さんは大歳(おおとし)神社である。

80戸の集落からなるそうだが、それは新興住宅地も含めた戸数。

内8軒(一軒二人)辺りでマツリをしているようだ。

マツリにつきものの料理はサバ寿司。

〆サバを作るという。

ネットによれば伊川谷町17戸の集落の氏子が継承する大歳神社のマツリに子供相撲やハナフリ、シュウシの儀式などがあるらしいが、西区には同名神社が21社もある。

どの神社が該当するのか再訪問した際に聞いて見たい、と思った。

話しを大安寺八幡宮の行事に戻そう。

この日、訪れた目的はマツリに奉納された花御供・餅御供を拝見することだ。

マツリが終わって10日余り。

おそらく幣を挿す藁束や切り物以外は朽ちているだろう。

ただ、全容が判るのはこのときしかない、早めに拝見するのが良かろうと思って二日続いて訪問する。

大安寺八幡宮の氏子圏は大安寺町、東九条町、八条町の3カ大字。

八条町の花御供はマツリを終えて地区に持ち帰るので神社に残ることはない。

社務所の縁側においてあったのは東九条町の花御供(左)と右にある大安寺町の餅御供の二つだ。

左の花御供は天頂にミョウガの花やザクロを挿している。

「八」の白抜き文字を切りとったヒラヒラ。

紫、黄、緑、赤、白色の色紙を重ねて切ったものだ。

これには「ヒョウタン」の切り抜きもある。

「八」は八幡宮。

「ヒョウタン」はどういう意味をもつのだろうか。

豊臣家と関係があるのだろうか。

土台は太めの俵造りの藁束。

そこに竹串でさした。

中間部はヒバの木の葉(檜)。

そこに大きなナスビがある。

宮司曰く「ボウズ」の名があるナスビであろうか。

右は大安寺町の餅御供。

花御供にはミョウガとザクロが挿してあるが、餅御供にはそれがない。

代わりかどうか判らないが、半ば辺りに挿した個別の竹串。

挿した食材はザクロ、ミョウガ、イガイガのクリ、カキ。

それぞれ2個ずつあるようだ。

俵造りの藁束やヒバの木の葉。

檜は花御供と同じようであるが、御供の名称に餅があるように、竹串に挿した平べったいコモチやナガモチがある。

特徴的な形式をもつ餅御供である。

二つの御供は一年間も奉っておく。

餅御供を供える大安寺町、それとも八条町では「センニンツキ」と呼ばれる餅搗きがあるようだ。

「センニンツキ」を充てる漢字は「千人搗き」であろうか。

それとも県内各地で見られる類例より「千本搗き」かもしれない。

御供も含めてマツリの様相を拝見するなら東九条町、大安寺町よりも八条町が良かろうと云う。

八条町は旧村。20戸の宮座は昔のままだという。

トーヤの家は屋外にヤシロ(社)を建てる。

大きさ、形が気になるヤシロである。

八条町も花御供。

トーヤ家で作ってマツリのときに奉納する。

東九条町はやや簡素化しているそうだ。

かつてはトーヤ家でされていた在り方は公民館に場を移した。

そこに祀る分霊は固定しているようだ。

大安寺町はトーヤ家。

ヤカタは屋内に祀る。

これらのヤカタ、御供作りはいずれもマツリ前の金曜日にするようだ。

本殿前に建つ拝殿は古いらしい。

この拝殿は中門と呼ぶ。

中門の翼(よく)は座敷がある中間を意味する。

つまり左右に座小屋があるということだ。

座が座る位置は決まっている。

左座は畳敷き。

右座は板の間である。

格が違うのであろう。

初めてお会いする宮司と長話。

天河の宮司さんの名前も挙がり、滞在時間も長くなった。

その間にお参りをされる村の人。

男性、女性ともに多いのである。

お参りをされる度に挨拶をされる宮司。

信仰心もあるが、お互いが厚い信頼感で結ばれているのだと思った。

(H27.10.22 EOS40D撮影)

参拝、大安寺八幡宮

2016年07月07日 08時35分40秒 | 奈良市へ
心臓リハビリに自宅周辺を歩行訓練していたときに電話が鳴った。

発信者は市内白土町のNさんだ。

大安寺の南方数十メートルの地に八幡神社がある。

そこに来ていて宮司と話している。

社務所に残してあるマツリに奉納した神饌・花御供があるから拝見したらどうかという伝言だ。

八幡神社の鎮座地は奈良市東九条町字宮ノ森。

大同二年(807)、入唐した大安寺僧侶の行教が大安寺旧境内に造営・遷座したと伝わる鎮守社。

当地へは何度か伺ったことがあるがマツリは拝見していない。

体育の日前日は宮座の宵宮。

体育の日は宮座の祭典が行われることは存じている。

マツリに参集する氏子圏は大安寺、東九条、八条垣内。4軒のトウヤ、それぞれが供える花御供も拝見したことがない。

そのマツリを取材したと写真家のNさんが電話で話していた。

トウヤはそれぞれの家である。

判り難い上に車道は狭い。

そういうわけで宮司が運転する車に乗せてもらって取材したと云っていた。

平成20年10月11日、マツリ前日の八幡宮に訪れたときである。

杖をついた宮司さんがおられた。

傍には介助する婦人もおられた。

マツリに伺いたく挨拶をさせていただいたことを覚えているが、多数ある県内行事が重なる日。

優先すべき行事取材に没頭する数年間。

ときは経過して7年も経った。

場の再確認もしておきたくなって訪れた八幡社。

社務所は真新しい。

7年間のあいだに新築されたようだ。

Nさんが云うにはだいたいが社務所に居ると話していたが、不在であった。

社務所内にあるようだがシャッターも玄関も扉は閉まっていた。

あらためて拝観する八幡社。

拝礼を済ませて戻ろうとしたときに婦人が来られた。

拝殿に立って拝礼をされる婦人に声をかけた。

買い物に行く途中にある神社は通りがかる度に参拝をしているという。

孫さんが誕生した際に成長祈願した神社が八幡宮。

東九条に住む婦人はいつもそうして氏神さんに手を合している。

氏子でもある婦人が云うには神社は市が管理しているようだという。

40年前の宮司は社務所に常駐されて住んでいたそうだ。

何年か経って宮司は交替された。

そのときの宮司は常駐でなく通いだった。

杖をついていた宮司は引退されてか、新しく宮司が赴任されたが、短期間でその次の宮司に替わった。

現在の宮司もたぶんに通いだと思うと話していた。

ちなみに奈良県庁文書の『昭和四年大和国神宮神社宮座調査』資料によれば大安寺村東九条(辰市村)の八幡神社に宮座があると書かれていた。

左座・右座からなる十二人衆。

年長の者より一﨟(ろう)、二﨟と呼んでいたようだ。

(H27.10.21 EOS40D撮影)

優しい光の里風景

2016年07月06日 09時33分55秒 | 民俗あれこれ
造営祭典を終えた小山戸の造営委員や神職、棟梁たちは参籠所で直会をしていた。

無事に終えて一息ついた村人の姿を見ながら帰路につく。

そのころの時間帯は午後4時。

日が暮れる手前の時間帯だった。

落ちていく夕陽が輝く手前だ。

斜光は田園を染めつつあった。

割った槇を積んでいる農小屋が赤くなってきた。

そこにあった実成りの柿とともに染まっていく。

稲刈りをして立てた藁束もある。

なんとも言えない優しい景観に佇んでいたい。

そう思っていたが、ここは駐車できるスペースが見当たらない。

ちょいちょいと撮らせてもらって再出発した。

(H27.10.18 EOS40D撮影)