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小説 囚われた男(17)

2006-12-15 15:07:58 | 小説
 午後になって築地署の警官二人がやってきた。二人とも笑顔のかけらもない。三十前後でがっしりしている。
先に入ってきた警官が「生実さんでしたね。署までご同行願います」といい終わらないうちに二人の警官は、さっと生実の両側に立った。生実は服を着ていたので、すぐ立ち上がった。両脇を警官に挟まれてドアに向かった。
 振り向いて「ありがとう、大田さん。お世話になりました」大田看護婦はこわばった表情で小さく会釈した。病院を出るとき「聖路加国際病院」であることがわかった。
               
                  聖路加国際病院
 パトカーが築地署に着いて、警官の案内で交通課の小部屋に通された。それからは、年配の警官から、あらゆる質問や疑問、そして、あらゆる指摘や弁明を返し、午後八時ごろ休憩に入った。どうもまずかったかもしれない。スリップを装うつもりが急発進でぶつかったため、目撃証言が錯綜していた。
 それに死んだ男が二年ほど前に、生実の妻子を死なせていたことも問題になっているのだろう。殺人の疑いをかけているようだ。

先ほどの取調べの警官が戻ってきて
「生実さん、ご苦労様でした。大体分かりました。今日はお引取りください。何かあったら、また連絡します」生実は築地署の前でタクシーを拾った。
自宅に帰ってシャワーを浴び、黒のジーンズにブルーの綿シャツ、その上に厚手のピーコートをはおって、イタリア料理店『ジロー』に足を向ける。
 店内は時間が遅いせいか空いていた。カウンターでなく、テーブル席に座る。美味しそうな料理の匂いで、急に空腹を感じた。時間的に凝った料理は出来ないので、トマトのパスタとデキャンターで白ワインを注文する。
 
 ほっとしていると、テーブルの横に人影が立った。見上げるとこの間、この店で見かけたチャーミングな女性だった。わけが分からないのでただ見上げていると
「座ってもいいかしら?」と言い、返事も待たずに座ってしまった。生実はただ「ええ、あーどうぞ」と言うしかない。彼女はしゃべりだした。
「自己紹介は抜きね。生実さんのことはすべて分かっているわ。私は千葉の言伝(ことづて)を持ってきたの。明日の午後一時、代々木公園の駐車場にきてくれ。質問は受けられないわ。以上おわり」いい終わると
「さてと、ワインをいただこうかな」
「OKわかった。君の言う通りにしよう」ワイン・グラスを追加して意味のない乾杯をした。

 生実は女性の正体はわからないが、少なくとも今日、口説く必要がないとわかって、ワインのほろ酔いも手伝って気楽な会話へと進んだ。その様子は、仲のいい夫婦か、熱々の恋人同士の雰囲気が満ちていた。
閉店の時間が迫ってきて、女性は帰り支度を始め
「それじゃ、ご馳走様。美味しかったわ。また、会える時があるかも……」ドアに向かいながら、生実の首筋を人差し指でスーと撫でていった。横目で外を見ていると、黒塗りの車が彼女を乗せて走り去った。