アメリカ連邦捜査局(FBI)に48年の長い在職期間を持つJ・エドガー・フーバーの伝記を映像化したのがクリント・イーストウッドだ。映画は、J・エドガーが回顧録を口述筆記のそれぞれの場面に沿って若い時代を描いてある。
図書館員時代、本の検索をスピーディに行う方法を考えたりして現状をよりよいものにしようと言う意欲に溢れていた。FBIの組織を見直して効率化したり、科学捜査の手法も取り入れたりした。反面、盗聴などの違法行為で有名人や政財界の自分と敵対する人間を恫喝していた。
同じ人間が好ましい進歩的な面と暗い闇のような心奥を併せ持つ様をじっくりと描き込んである。
FBIというと派手な逮捕劇を想像するが、この映画ではそれがかなり抑えられていて、単に説明のための一齣に過ぎない。J・エドガー・フーバーをマザコンであり同性愛者であったことも、それに生涯の友クライド・トルソン(アーミー・ハマー)の言う「君の口述原稿を読んだ。カービス逮捕は君じゃない。デリンジャーを殺したのは君じゃない。パービスだ。君が栄誉を独り占めした。“マシンガン”ケリーは、“撃つな、Gメン”とは言わなかった。君の創作だ」これは自己顕示欲の表れなのかもしれない。
彼は母親(ジュディ・デンチ)から常に「エドガー、強くなりなさい」と言われ続けていた。従って盗聴と言う行為も強くなるためのパワーとして利用したのかもしれない。生涯独身だったエドガーではあるが、最初に出会ったヘレン・ギャンディ(ナオミ・ワッツ)を口説いたとき、ヘレンから「結婚に興味はない」と断られたが、「じゃあ、私の秘書になってくれ」と言う言葉からエドガーの死後まで忠実な秘書を勤め上げた。
エドガーが生涯信頼したのは、クライド・トルソンとヘレン・ギャンディの二人だった。一体このエドガーとヘレンの男女の感情はどういうものなのだろうか。エドガーは、同性愛者だから二度と求婚しないのはわかるが、ヘレンの感情はどうだったのだろう。
ヘレン役のナオミ、・ワッツのインタビューでは、ヘレンの資料が少なくて恋愛感情があったのかどうかも判然としないという。映画の印象からは、ナオミ・ワッツは恋愛感情があったとして演技していたように思う。そのせいなのか膨大な極秘資料をシュレッダーにかけるラスト・シーンは余情の残るものになった。
クリント・イーストウッドのもう一つの興味に取り上げる音楽がある。この映画でも導入部にピアノ曲が流れるが、イーストウッドの作曲なのだろう。エンディングでは、なんと「Red sails in the sunset夕日に赤い帆」ではないか。私もこの曲が好きで聴いているとなんとなくロマンティックな気分にさせられる。そうでしょう? 想像してくださいよ。風も穏やかな夕暮れ。一艘の赤い帆を揚げたヨットが滑るように海面を流れる。落日の黄金色が若い二人に纏わりつきそっと口づけを交わす。そんな平和なため息の出る風景が浮かんでくる。
この曲は、1935年ビング・クロスビー、ガイ・ロンバード、ジャック・ジャクソン、マントヴァーニなどが演奏している。イーストウッドがこの曲をとりあげた意図はよく分からないが、彼が生まれたのが1930年だから、この曲が世に出たときは5歳になっている。両親がこのレコードをかけていて印象に残っているのかもしれない。その曲をジョニ・ジェイムズでどうぞ!
"Red Sails in the Sunset" Joni James
監督・音楽
クリント・イーストウッド1930年5月サンフランシスコ生まれ。
キャスト
レオナルド・ディカプリオ1974年11月カリフォルニア州ハリウッド生まれ。
ナオミ・ワッツ1968年9月イギリス、シュアハム生まれ。
アーミー・ハマー1986年8月ロサンジェルス生まれ。
ジュディ・デンチ1934年12月イギリス、ヨーク生まれ。’98「恋に落ちたシェイクスピア」でアカデミー助演女優賞受賞。