筋萎縮性側索硬化症、別名ルー・ゲーリック病。大リーグのヤンキースで人気のあったルー・ゲーリックが罹り、世に知られるようになった。ふつう余命5年といわれ呼吸困難で死亡するという。
この病気に襲われたのは、まだ若いスティーヴン・ホーキングだった。恋人のジェーンを避けようとしたが、ジェーンの愛情はスティーヴンを包み込んだ。スティーヴンの父から結婚はどうかと思うと説得されたが、強固な意志を貫いた。
天才的頭脳の持ち主スティーヴンと才媛のジェーンとの結婚生活も、スティーヴンが徐々に体の自由を奪われていき、ジェーンにとっても子育てや家事や仕事で精神的にも疲れ始める。ジェーンの心のひだに波立つものから逃れるのはかなり難しい。
一家でスティーヴンの実家へ行ったとき、スティーヴンが喉に食べ物を詰まらせた。ジェーンは慣れたもので背中を叩いて吐き出させた。そして「専門の医者に診せないと……」ところがスティーヴンは「医者に行くのはいやだ」ジェーンは失望したようにため息。
帰りの車の中でジェーンは切り出す「スティーヴン、手助けが必要よ。ロバート(息子)は、子供時代も楽しめない。うまくやろうとしても、私の力ではムリよ」
「うまくいってる。僕たちはまともな家族だ」
「まともな家族じゃない。まともじゃないわ」ジェーンの怒りが爆発する。
スティーヴンは、バックシートに座る息子に振り向いて「ロバート お母さんは僕に対してすごく怒ってる」
ジェーンはハンドルを握りながら「ひどい人」
この場面は、普通のお父さんの反応と変わらない。ちょっと妻への思いやりに欠けていて天才といえども感情は普通の人と同じ。
いらいらしているジェーンを見かねて、ジェーンの母は教会の聖歌隊に参加を勧める。聖歌隊の指揮者はジョナサン・ジョーンズ(チャーリー・コックス)。通ううちにジェーンの心のひだに忍び寄る淡い恋情。
ジョナサンを自宅に招待しスティーヴンとも楽しい食事や息子ロバートのピアノ教師としてホーキング家に深く入り込んでくる。スティーヴンも二人の思いを感じたのかもしれない。
やがて喋れなくなったスティーヴンにジェーンは、スペリングボードの説明を始める。「私が文字グループの色を言うから、その中に文字があれば瞬きで合図して。グループが決まれば次にどの文字か瞬きして色を知らせるのよ」
反応を示さないスティーヴン。ジェーンも硬い表情で疲れた感じがある。ここには心も体も疲れた一組の夫婦があるだけ。
それでも諦めないジェーンは、スペリングボードの専門家エレイン(マキシン・ピーク)を招いた。教え方はジェーンとまるっきり違った。それが気に入ったスティーヴン。
ジェーンは有能なキャリア・ウーマンの趣があって事務的。エレインは、有能さを秘めた懐の深さを感じさせる。
スペリングボードから意思伝達装置(文字を入力すると読み上げる音声が出る装置)の説明のとき、困った表情で音声がアメリカ風なのを指摘するジェーン。エレインは気にも留めず「素晴らしいわ」
その後、意を決したスティーヴンは「一緒にアメリカへ行ってくれと、エレインに頼んだ。僕の面倒を見てくれる」と意思伝達装置から流れる。ついに破局が訪れた。
車の中の諍いから、このシーンまで微妙な心の動きを演じた二人の俳優。スティーヴン・ホーキンズを演じたエディ・レッドソンがアカデミー主演男優賞に輝いたのも、またジェーンを演じたフェリシティ・ジョーンズもアカデミー主演女優賞にノミネートされたのもうなずける。
にもかかわらず、あまり評価しない御仁もいるようだ。ウィキペディアから一例をあげてみると「ニューヨーク・タイムズのデニス・オーヴァーバイは「『博士と彼女のセオリー』は賞を与えるに値しない。なぜなら、ホーキング博士の業績を大雑把に説明しているからだ。雑な描写のために、なぜ博士が有名になったのかという疑問に対する答えがはっきりしないままになっている。博士がどのようにして従来の時空理論を覆したかということを描き出す代わりに、博士が神の存在に言及したかしないかという、些細なことが語られている。観客の宗教的な関心に媚びている。」と批判している。
まあ、いろいろな見方があるんだろうけど、ラブ・ロマンスとして見れば大した問題でもない気がする。スティーヴン・ホーキンズは、2011年にエレインとも離婚して、73歳の今も車いすの物理学者として研究を続けているという。
監督
ジェームズ・マーシュ1963年4月イギリス、イングランド生まれ。
キャスト
エディ・レッドソン1982年1月イギリス、ロンドン生まれ。
フェリシティ・ジョーンズ1983年10月イギリス、イングランド、バーミンガム生まれ。チャーリー・コックス1982年12月イギリス、ロンドン生まれ。
マキシン・ピーク1974年7月イギリス、イングランド生まれ。