80歳に近いクロード・ルルーシュと83歳のフランシス・レイのコンビが放つ原題「UN+UNE」。フランス語には疎いけど、ネットで調べてみるとUNは「一つ」、UNEも「一つ」1+1は2.加えてUNは男性名詞の前につく不定冠詞、UNEは女性名詞の前につける不定冠詞という説明。広く解釈して男と女で間違いないかも。
80歳代の男が大人の恋を性懲りもなく描き続ける。その情熱には、このお二人がいまだにそれぞれ恋をしているのではないだろうか。脚本もクロード・ルルーシュで、彼の頭の中にある女性像が自らの体験に基づいて描かれていると言ってもいいかもしれない。すべてに共感できるから観ていて楽しい。
有名な音楽家アントワーヌ(ジャン・デュジャルダン)は、インドの映画監督の作品に音楽をつけることになる。その監督ともどもインドのフランス大使館での歓迎晩餐会に呼ばれる。そこで隣に座るフランス大使サミュエル(クルストフ・ランベール)の妻アンナ(エルザ・ジルベルスタイン)と意気投合。
アントワーヌは頭痛の持病で悩んでいてインドの監督が医者に連れて行った。診断は血栓ができているとう。猶予は出来ない。
一方、アンナも子供に恵まれないという悩みを抱えていた。インドには神の存在と言われる霊験あらたかで有名なアンマという女性祈祷師がいる。アンナはそこにいくと言う。頭痛持ちのアントワーヌもアンナを追って合流する。これからの展開は、予想できるだろう。
そこまでのセリフも楽しい。いきなりこんな会話は、ちょっとやりすぎかな。夫サミュエルが晩餐会中妻アンナがアントワーヌにだけ目を注いでいたのを嫉妬で逆上して追い出してしまう。アントワーヌの部屋に逃れての会話
「晩餐会で何を考えていたの?」とアンナ。
「こう考えていた。彼女は浮気するのか? 寝たらどんなか? 好みの体位は? そんなことを考えていた」
「冗談ばかりね。私を抱きたいか知りたくて」
これだけの会話をしておきながら、その夜は何も起こらない。もっと後のシーンで使ったほうがよかったかもしれない。
聖地バラナシへの船の上で欄干にもたれて流れる景色を眺める。
アンナ「この瞬間、どんな音楽が合う?」
アントワーヌ「オペラかな」
「オペラ?」
「そうだ」
「オペラなんか、書けるの?」
「映画と同じさ」
「何よ、怒ったわけ?」
「映画音楽はオペラだぞ。生きていればモーツァルトもやる。多くの映画にショパンやラフマニノフが使われているだろ」
時々私も考える。例えば、海辺に佇み何かを考えるとしよう。映画なら音楽が流れるが、現実世界ではそんなドラマティックにはならない。ただ打ち寄せる波の音となんとなく感じる大気の振動ぐらいだ。そういう雰囲気に浸ったとき、アンナの言う「どんな音楽が合うのだろう」と思う。特に恋人と海辺を歩くとき、そんな思いになるのではないか。多分。
そして遂にアンナとアントワーヌは一線を越えた。
朝食を共にしながらアントワーヌ「昨夜は悪かった」
「何を言うの」
「うまくできなかった。あなたを失望させた」
「いいえ、ちっとも」
「おとなしすぎた」
「ええ、そうね」
このセリフだけで内容が十分わかるし、アントワーヌという男が単なる女たらしでないことも分かる。彼は女性を崇拝して女神のように思っているはず。そうでなかったら、アントワーヌの言う「熱烈な女性収集家」にはなれない。
そういう男のせいかいつまでも身を固められないでいる。 が、身を固める兆しがないでもない雰囲気で映画は終わる。
ちなみにアンマに抱擁されたアンナは飛行機恐怖症が治り後に妊娠する。アントワーヌの頭痛も消える。本当かな? それを実証するには、現実に存在するアンマ(正式名:シュリー・マーター・アムリターナンダマイー・デーヴィ)の許に行ってみてもいいかもしれない。
監督
クロード・ルルーシュ1937年10月パリ生まれ。1966年「男と女」でアカデミー賞脚本。賞を受賞。2007年「それぞれのシネマ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画」以来8年ぶりの作品。
音楽
フランシス・レイ1932年4月フランス、ニース生まれ。1998年「幸せ」以来17年ぶり。
キャスト
ジャン・デュジャルダン1972年6月フランス生まれ。2011年「アーティスト」でアカデミー主演男優賞受賞。
エルザ・ジルベルスタイン1968年10月パリ生まれ。
クリストフ・ランベール1957年3月ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。
アリス・ポル出自不詳
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