余計なもの、セリフやBGMが徹底的に削られている。その代わり歩く靴音、ドアの開け閉めの音、咳や話し声、パイプでタバコを吸う音、タイプライターの音、話し声、コーヒー・カップを置く音が入る。
そして、ルドルフ・ヘス(ロマノス・ファマン)と判事(マチェイ・マルチェフスキ)が、薄暗い部屋で机をはさんで尋問が続く。オープニングから映画の特異性が表れる。光源を絞った薄暗い玄関だろうか、それが映し出されしばらくすると足音が近づき判事が現れる。別の部屋で誰かの咳が聞こえる。ちょっと思案して判事は出て行く。
判事は上司から言い含められている。「クラクフ(ポーランド南部の町)へ行け。尋問が行き詰っている。ドイツ人が協力を拒んでいる。ドイツ語を話せる人物が必要だ。だから君を呼んだ。彼から完全な自白を取れ、暴力は加えず生かしたままで行え。すでに囚人は殺されかけた。彼は君に任せる。君の責任で守ってくれ」
判事にしてみればかなり気の重い仕事だ。ルドルフ・ヘスは、淡々と事実を述べヒトラーの命令は絶対で反抗なんて出来るわけがない。積極的に協力したが心の中では葛藤していた。家族ともしっくり行かない。一人になりたかった。
ルドルフ・ヘスも一皮向けば、怒りや悲しみの分かる普通の男だった。多分、判事もヘスの気持ちを汲み心をざわつかせていたのだろう。
ある夜、酒場のカウンター席でウィスキーを飲む。男が弾くピアノからは、ベートーヴェンの「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調月光第1楽章」が流れてくる。酒場でベートーヴェン? ちょっと面白いと思ったが意図は分からない。
カウンターから振り向くと、男と女が楽しそうに語らう。そしてホテルの部屋。裸の女の前にスーツ姿の判事。これ以上書かないが、これも特異なセックスシーンだった。
判事は助手席、ヘスは後部座席で手錠をはめられて座っている。判事が振り向いてヘスを見る。ヘスも目を合わせるが、すぐに流れる景色を眺める。ヘスは処刑場に向かっていた。
ウィキペディアから引用してみよう。 『彼は1947年2月に手記を書き残している。その中で最後の締めくくりに「軍人として名誉ある戦死を許された戦友たちが私にはうらやましい。私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械もすでに壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ。」
「世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。彼もまた悪人ではなかったということを」と書き遺した』とある。
ヘスの自白には250万人をガス室に送ったと書いてあるそうだが、通説では約100万人らしい。いずれにしても償いきれないのも確かで、人は飽きもせず過ちを繰り返すのだろうか。
この映画の評判はよくない。しかし、私にはなぜか心に残る映画になった。単調な画面ではあるが、眠くならなかったのは不思議だ。2017年1月より開催の(未体験ゾーンの映画たち2017)で上映。
監督
エレズ・ペリー出自不詳
キャスト
ロマノス・ファマン1963年11月ドイツ生まれ。
マチェイ・マルチェフスキ1979年6月ポーランド生まれ。
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