内田光子( https://en.wikipedia.org/wiki/Mitsuko_Uchida )とSir Jeffrey Philip Tate( https://en.wikipedia.org/wiki/Jeffrey_Tate )のMozart Piano Concerto全集があり、Tateの指揮はKlempererの再来と言われた落ち着いた深みのあるもので、執筆の合間に聴きとおした。
すると、色々解釈の違いを感じ、好きなClara Haskil( https://en.wikipedia.org/wiki/Clara_Haskil )の全集も聴きなおした。違いがある。更に最近良いなと思うAlfred Brendel( https://en.wikipedia.org/wiki/Alfred_Brendel )を聴く。
Mozartの音楽を上流から下流にたゆたう川とすると:
内田:画面の書き込みが丁寧、紙芝居が続くような、めくる楽しみ
Haskil:流れの変化や岩や岸での渦、方向転換を感じる、笹船に乗ったような気分
Brendel:清冽だ、音の一つ一つが整列してMozartが作曲した心の再生のように感じる
今までは弦楽器を中心に聴いていたが、最近ピアノを聴くと解釈やテクニックが違うと分かった。それでもMozartはLipatti( https://en.wikipedia.org/wiki/Dinu_Lipatti )とHaskilに還る。はじめに馴染んだ演奏でもあるからか。なお、LipattiとBrendelは似ているところもある。
最近のオーディオは再生音からすれば昔よりずっと安く手に入る。特に、歪が10%と大きいスピーカーが振動板素材、エンクロージャーの補強などで進展がある。
昔の音では見えなかったものを今のオーディオは平気で再生する。新しい体験ができるのは喜びだ。特にCD Playerの買換えは変化が劇的だった。CDでも立体音場が再生される。ただし、色気はないのが残念だ