小春日和の日、真言密教の門徒の思いもあり、愚妻と連れ立ち「高野山1dayチケット」の大阪市交通局版(2,930円:阪急は梅田まで定期がある)を買い、6時過ぎの阪急で、梅田、難波、特急(510円の追加料金)で朝食を楽しみ橋下まで、急行とケーブルで高野山まで辿りついたら9時過ぎ。特に橋下からは単線で「おお!秘境だ!」、ケーブルで「なんと、急坂だ!」と人里離れた奥地を実感。
道幅ぎりぎりを活用した神業の運転のバスに乗り、奥の院前まで。入口で記念写真を娘さん2人と撮りあう。空は碧い、抜ける透明感は霊地ならではと愚妻と見上げる。見上げる太い杉が並ぶ木陰の道を行く。奥の院の手前にある御廟橋から奥之院の佇まいはどっしりしており五色が映える。南無大師遍照金剛を唱える
奥の大師御廟を窓の外に見つつ愚妻と興奮しつつ拝観した。ひんやり、どっしり、きよい。たいしたものだと今度は中の橋へ杉並木を歩く。杉優先で石畳みができた証拠に木を避ける切欠きが左右に。戦国大名の供養塔が多い。鳥居があるのは神仏混淆を感じる。小学生の遠足や地蔵さんが大切にされているのが微笑ましい。
街中では院家(塔頭)が多い。一本道であり、司馬遼太郎の碑にあった大門をまずは見に行く。なんといっても門から都市を把握するのが常道だ。愚妻は呆れているがかまうものか。途中の紅葉は見事でほわほわしている。水分が多く、のびやかだ。柿の見事な紡錘形の朱と抜ける碧空がなんともいえない。大門は、こじんまりしていた。山の上で防衛とかの要所ではなかったのだろう。
折り返して高野槇の販売が多いのに驚く。樒ではない。焼きもちもあるが、瀬戸内寂聴ご推薦の徳島は眉山の焼きもちにそっくりだ。つながりは真言密教か。街にある柵の柱は8角で四角の2回繰り返しですべらか、これは京都の六角名栗と違う。木曜は飲食店の休業日らしく開いている店を探す。胡麻豆腐を購い、近くの蕎麦屋でお昼に2千円で開けっ放しのたたきと麦般若も楽しむ。ゆったり、アシックスの靴とモンベルの靴下は最強だ。
次に檀上伽藍を歩く、移築が多い。寄せ集めみたいだ。まずは三本の塔婆と真ん中から「善の綱」(五色)に驚く。金堂、御影堂などほのぼの。こうやくんと愚妻の写真など。
出口近くにある六時の鐘楼は意匠、構成ともに白眉だ。屋根付ききざはし、鐘楼の周りの格子、裳階など凝っており、佇まいが凛としている。
金剛峰寺は再建されたようで近世の装備である天水桶や梯子が目立つ。厨房は内側のアトリウムで銅の樋が目立つ。庭の一つは赤く鉄鉱石か。中世の三尊石などの組み方ではなく一つの石をぽんぽんおいていてどうも納まりが悪い。もう一つの庭は雄雌の龍のあしらいというが、具体的過ぎて面白くない。建築的には愚妻指摘の欄間上の飾りや御殿の曲線の梁などがあるがあざとい。全体に建て増しを繰り返した旅館みたいで趣味がいまひとつ。講和をしており、機会があればと思った。
川家霊台は珍しい御開帳、女人堂は立ち入り禁止だったころ霊山を外側から巡る回遊路が興味深い。女人高野の室生寺に思いを馳せる。
帰りはバスに乗り、ケーブル経由で駅に。特急は離れた席しかないというので諦めると最後の2席だったらしく止む無く立って待ち時間含め1時間で橋本に。秘境の単線はそこそこ乗降客がいる。グレゴリ青山の田舎暮らしはこのあたりだったのかなと思う。橋本からはずっと座って難波、梅田、烏丸は快適。
京都についてPM2.5由来の空気のあくどさと空の重さを感じた