文字数を少なくするため鷲獅子(しゅうしし)と書きましたが、つまりグリフォン


旧市街のクレントガッセKurrentgasse12番地の建物外壁を飾るグリフォンとプット

このグリフォンの写真は日本語Wikiの記事にも載っています。
クレントというのはワイン税の徴収官だそうで、中世から近世にかけて、この通りにクレントの事務所があったので、18世紀初頭から、この通り名が使われるようになりました。
建物の建築年代は不明ですが、良く保存されたバロック時代の民家です。
この辺りは中世にはユダヤ人居住地で、クレントガッセはユーデンプラッツJudenplatz(ユダヤ広場)につながっています。
ついでにユダヤ広場の写真

突き当りに3軒並んだ建物の右端(建物の部分のみ)がクレントガッセ12番地です。続く2軒のアドレスはユダヤ広場。
中央にレッシングの記念像があり、左端に一部写っているのがホロコースト記念碑です。
ここに住んでいたユダヤ人は15世紀半ばのポグロムで追放され、あるいは焼き殺されました。理由は根拠の希薄な言いがかりでした。
この広場は静かなので奥に見えるカフェテラスは快適です。
ユダヤ人のホロコーストは、ナチスばかりだと思っていたのですが、そんなに昔から起きていたのですね…
ぃゃぃゃ、もっと勉強しなくては…
<ののちゃんより>
ナチスが突然捏造したのだったら、あんなに蔓延しなかっただろうと思います。
既に古代からユダヤ人への迫害があり、何かあると「ユダヤ人が悪い」とするスケープゴート構造が悪しき伝統となって今日に至ります。
中世にはユダヤ人に対する職業制限があり、このため金融業者になるユダヤ人が多く、ヨーロッパの権力者はユダヤ人商人から借金し、返済できないと冤罪でユダヤ人を追放したり虐殺したりしました。
ここまで蓄積された根強い偏見というのは克服するのが大変困難です。
でも、いつか全ての人種・民族が平等に平和共存できる世界が実現することを祈りましょう。