フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

7月17日(火) 雨

2007-07-18 00:50:12 | Weblog
  午前中、地元の大学病院で泌尿器関連の定期健診(レントゲン、採血、検尿)。レントゲン検査が少々混んでいて、会計を済ませたのが、11時半。さて、お昼はどこで食べよう。検査のため朝食抜きだったのでお腹は空いている。病院からは少々遠いが、小雨の中を20分ほど歩いて、「鈴文」へ行くことにした。やはり週に一度は「鈴文」である。先週は特製ロースかつ定食(2100円)だったが、今日は定番のランチのとんかつ定食(950円)。醤油で3切れ、塩とレモンで2切れ、再び醤油で2切れ、という順序で食べる。塩だけよりもレモンの絞り汁と組み合わせると一層美味しい。会計のとき、ご主人がちょうど店の奥に入っていて姿が見えなかったので、話好きの女店員に、周囲で地上げが進んでいるがここは大丈夫なのか尋ねてみた。彼女はちょと顔を曇らせて「少なくともあと2年は大丈夫だと聞いています」と答えた。ついでにもう一つ、以前から気になっていた「鈴文」という店名の由来を尋ねてみた。「マスターが鈴木という名前なんです」。うん、それは知っている。鈴木靖夫の「鈴」だ。問題は「文」の方である。奥さんあるいは娘さんの名前が「文子」あるいは「文」とか・・・。「文はなんとなくだそうです」な、なんとなく?! この世に存在するものには何らかの意味があるという常識が覆された瞬間であった。なんとなく、かよ。いや、待て。人間は真実を語るとは限るまい。ご主人が「なんとなく」と言ったのは、一種の照れであり、やはりそこには何らかの意味が隠されているのではないか。たとえば、奥さんでも娘さんでもなく、初恋の女性の名前が「文子」あるいは「文」であったとか(どうしても女に結び付けたいのか)。やはりいつかご本人に直接尋ねるしかあるまい。えっ、何ですぐに尋ねないのかって? とにかく寡黙な人なんですよ、鈴木靖夫さんは。この人に質問をするというのは、あの高倉健に質問をするのと同じくらい緊張するのである。
  今日は教授会の日。早稲田に着いて教授会が始まるまで1時間ほどあったので、フェニックスで珈琲を飲んでいくことにした。注文をすませ、本を読んでいると、奥さんが「先生、先日これをお忘れではありませんか?」と言って、「uni」の研芯器を持ってきた。あっ、やっぱりここに忘れたのか。とっておいてくれてどうもありがとうございます。お礼にお店の宣伝を1つ。「フェニックス」のよい所は、①戸山キャンパスから至近距離にあること、②店内が明るくて読書に向いていること、③店内に流れている音楽のセンスがいいこと、④アルバイトの女の子(たぶんうちの学生)が上品なこと、⑤混んでいないこと、である。
  教授会はいつも通り2時半からだと思っていたら、それは私の勘違いで、2時からだった。15分ほど遅刻。今日は議題が比較的少なく、6時前には終わるのではと思ったが、最後にちょっと紛糾する議題があって、結局、7時半までかかった。生協戸山店で以下の本を購入し、帰りの電車の中で読む。

  ジェイ・ルービン編『芥川龍之介短編集』(新潮社)
  ドナルド・キーン『私と20世紀クロニクル』(中央公論新社)
  ジグムント・バウマン『廃棄された生 モダニティとその追放者』(昭和堂)

  『芥川龍之介短編集』はペンギン・クラシックス版の翻訳である。もっとも翻訳といっても芥川の小説は元々が日本語で書かれているわけだから訳者はいない。村上春樹の解説(序?)「芥川龍之介-ある知的エリートの滅び」も元々が日本語だから訳者はいない。結局、翻訳は編者であるルービンの「芥川龍之介と世界文学」のみ。村上の解説は興味深かった。その最後の方で、彼は芥川を語りながら自己を語っている。

  「僕の小説家としての出発点は、考えてみれば、かつて芥川のとったポジションに、いくぶん近いところがあるかもしれない。僕は作家として出発したときからモダニズムの方向に大きく振れていたし、半ば意図的に、私小説という土着的小説スタイルに正面切って対抗する立場から作品を書いてきた。リアリズムをいったん離れた文体で、自分の小説世界を追求したいとも考えていた(芥川の時代とは違って、現代には「ポストモダニズム」というけっこう便利な概念が存在する)。また小説のテクニックの多くを外国文学から学びもした。このあたりも芥川の姿勢に、傾向的に似ていたと言えるかもしれない。ただ僕は、芥川とは違って、基本的には長編小説作家であり、またある時点から自前の、オリジナルな物語システムを積極的に立ち上げていく方向に進んでいった。その結果として、僕は芥川とはまったく異なった種類の小説を書くようになったし、まったく異なった人生を送っている。しかし心情的には、僕は芥川の書き残したいくつかの優れた作品に、今でもなお心を惹かれ続けている。」(48-49頁)

  ちなみに、村上は日本の近代文学から10人の「国民的作家」を選ぶとしたら芥川は間違いなくその10人の中に(うまくいけば上位5人の中に)入るだろうと述べているが、彼が考える他のメンバーは、夏目漱石、森鴎外、島崎藤村、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治、三島由紀夫。合計9人で、10人に1人足りない。「あとの一人はなかなか思いつかない」そうだ。もしかして自分が入る場所をとっておこうというのだろうか。というのは意地の悪い冗談で、彼は「国民的作家」の条件の一つとして、死後25年(つまり一世代)は経過していることをあげている。だから「村上春樹」は非該当なのである。私なら「あとの一人」には高見順をあげるだろう。