フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月23日(日) 晴れ

2017-04-24 18:03:20 | Weblog

8時半、起床。

トースト、サラダ、紅茶の朝食。

昼前に自宅を出て、木洩れ日の桜並木を駅へ向かう。今日はとても

暖かい。

1時少し前に中野駅に到着。東西線から中央線への乗り換えや、中央線の快速から普通への乗り換え駅としてよくホームには降りるのだが、改札を出るのは初めてかもしれない。

北口の駅前。

賑やかな商店街。

卒業生のナオさんがお子さん二人を連れて迎えに来てくれる。ナオさんとはしばらくお会いしていなかったが、先月、マイホームが完成して引っ越しをされたそうだである。小さな子ども連れではカフェは30分が限度だが、自宅なら大丈夫とのことで、どうぞいらしてくださいという話になったのである。卒業生の地元のカフェで会うというのは何度かあるが、自宅訪問は初めてのことである。

長男のリュウセイ君は何度か研究室で会っているが、この4月から幼稚園の年長さんである。 

10分ほどでお宅に到着。

次男のリョウゴ君と会うのは一年ぶりくらいだろうか。来月が誕生月で2歳になる。 

 
リュウセイ君がナオさんに尋ねた。「大久保先生はご飯を食べるの? お茶をするの?」
 
実は私もこの点については関心がある。「1時の待ち合わせ」というのは微妙である。これが12時であればランチタイムということになり、2時であればティータイムということになる。1時は両義的である。私の日常生活の時間ではランチタイムであるが、世間一般ではかならずしもそうではないだろう。私は昼食はすませていくべきか、食べずにいくべきか、迷ったが、食べずにいくことした。もしランチを供された場合、「すませて来ましたから」とは言いにくいし、かといって黙って二度目のランチを食べるのは苦しい。ランチを供されなくても、お菓子でしのぐことはできる。
 
ナオさんの答えは、「先生はお茶をされるのよ」だった。そっちか。
 
お菓子を盛り付けたお皿が運ばれてきて、私の前に置かれた。これ、私ひとりで食べていいんですか? そのようである。私には宇宙飛行士の一回分の食事のように見えた。左上の丸いのはミニハンバーグ、右上の四角いのはサイコロステーキ、左下の丸くて白いのはパン、右下の四角いのはデザートのチョコレートだ。これだけあれば十分である。(味付けはどれも甘かった)

二人のお子さんはナオさんにじゃれついている時間が多かった。

 しかし、私に対しても人見知りすることなく、いろいろと接近を試みてきた。

長男のリュウセイ君は明らかにお父さん似である。

次男のリョウゴ君はそうでない。お母さん似だろうか?

「大久保先生に似ている気がします」とナオさんが言った。そ、そんなことが・・・。

*参考資料 幼少期の私。

そういわれると、似ているような気がする。

 「よかったね。おじいちゃんに遊んでもらって」とナオさんがリョウゴ君に言った。そう言った直後に、あわてて、「おじさんに遊んでもらって」と言い直した。あのね、一度口にした言葉はなかったことにできませんよ(笑)。

小さな男の子二人の世話というのは大変である。何秒かに一回は「いけません」「やめなさい」という言葉を発しなければならない。ナオさんの偉いところは、あるいはすごいところは、たんに「いけません」「やめなさい」と言うだけでなく、なぜいけないのかの説明付でそれを言うところである。これはママ友からも感心されるところらしいが、けっこう骨の折れることである(とにかく毎日のことであるから)。問答無用、「だめなものはだめ」というだけでもいいのではないかと私などは思ってしまうが、ナオさんの真面目な母親ぶりがこんなところからよくわかる。

 

ナオさんのお宅には3時間ほど滞在した。駅までの道はわかりやすいので、家の近くで3人とはお別れした。

やはり宇宙食だけでは自宅に帰還するだけの燃料に乏しいので、駅前の商店街にある『大門』という函館ラーメンの店に入ることにした。

塩ラーメンを注文。去年、函館で食べた塩ラーメンを思い出す。 

蒲田には6時半頃、無事、帰還した。

夕食は鶏肉とアスパラガスとジャガイモの炒め、卯の花、サラダ、白菜と揚げの味噌汁、ご飯。

 夜、7時を回った頃、ナオさんからメールが届いた。

「・・・子どもたちはもうすっかり夢の中、私はこれから少し家事をしてから自分の時間です」

今日、私が目にしたのは「お母さん」のナオさんだった。でも、彼女も、一日中「お母さん」であるわけではないのだ。「自分の時間」はお子さんが早く寝てくれるおかげでけっこうあるようだ。今日はブログの話や村上春樹の新作の話はできなかったが、いずれまたそういう話が(落ち着いて)できるようになるときが来るでしょう。