フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

11月6日(水) 曇りのち晴れ

2024-11-07 14:49:16 | Weblog

6時半、起床。

山には雲がかかっているが、しだいに晴れて来るだろう。でも、寒そうだ。

パルコのパン屋で買ったドーナツと塩パンと珈琲の朝食。

『サンデー・ソングブック』をタイムフリーで聴きながら、昨日のブログを書いていたら、中学の同級生のIさんからLINEでS君の訃報が届いた。先週末、突然の死だったそうだ。彼とは去年の11月23日に蒲田の「番屋」でミニ同窓会をしたときに会っている。下はそのときの写真だ。私の隣がS君(さらにその隣、中央がIさん)。痩せているが、これは中学生の時からで病気をしたとかではない。

その日のブログで、S君についてこんなことを書いていた。

「S君は中学3年のとき同じクラスだった。教室でもよく話をしたし、彼の家に遊びに行ったこともある。星新一や庄司薫の本を読むようになったのは彼の影響である。高校は11群を受け、女子の多い三田高校に回されたので、慶応高校を受験してそちらに進んだ。大学も慶応(文学部)でそのまま大学院(教育学)へ進み、渋谷にあった「子どもの城」(いまはない)の設計にかかわる仕事をして、その後、東京理科大の教員になった。いまはいくつかの大学で非常勤で教えている。70歳でそれらの仕事がすべて終わるので、「いかにボケないようにするか」がいまの彼の最大の課題である。「大久保は心配じゃない?」と聞かれたが、自分はボケないと思っているわけでないが、むしろボケは年を取ればそうなるものだと思っているので、心配してもしかたがないというのが正直な気持ちである。」

 あんなにボケの心配をしていた彼がこんなに早く死んでしまうとは。「心配していることの多くは起こらないものだ」という言葉があるが、たしかにそうだ。あまりボケの心配をしていない私などはかえってボケるのかもしれない。旅先で親しかった同級生の死を知るのは感慨深いものがある。S君のご冥福を心からお祈りします。

10時過ぎにチェックアウトをする。

帰りは夕方のあずさ号なので、それまでは街歩き。とりあえずキャリーケースを駅のコインロッカーに預けにいこうと駅に向かう。

しかし、駅の手前の路上にコインロッカーがあったので、ここにキャリーケースを入れる。鍵付きの旧式のもので、200円と安い。

昨日は「休館日」だった信毎メディアガーデンのロビーでブログを書いて更新する。

信濃毎日新聞に漫画家の梅図かずおさんの訃報記事。88歳。「漂流教室」「まことちゃん」と代表作のタイトルが載っているが、私にとっては何といっても「へび女」である。小学生の私には本当に怖かった。

ブログを更新してから「サンドイン」へ行く。

月曜・火曜が定休日なので、いつもの日月火の二泊三日の松本旅行のときは初日しかチャンスがなく、しかし、松本駅に着いて店に来るのが午後1時頃になるので、完売のときもある。今日は開店(11時)直後に来られた。

店主さんとご挨拶。年に二度しかこないが、ちゃんと覚えてくれている。BLTサンドと玉子サンドを購入。今日の夕食用であるが、イートインもできるので(ドリンクもある)、作り立てを食べてるのもいいかなと一瞬考えた。しかし、昼食は「じゅげむ」のカレーうどんと決めているので、イートインは思いとどまった。

女鳥羽川を渡ってナワテ通りへ。

おや? 閉まっている店が多い。水曜日は定休日なのか?!(「栞日」も水曜定休だし・・・)

「じゅげむ」も閉まっている!

この写真は初日に前を通ったときに撮ったもの。「明日か明後日、カレーうどんを食べにくるからね」と心の中で語り掛けていたのである。「じゅげむ」でカレーうどんを食べることは松本旅行の不可欠の構成要素なのである。水曜日が定休日とは知らなかった。痛恨の極みである。

「しくじったわね。ダメじゃない」

「じゅげむ」の後にデザートを食べにくる予定だった「チーアン」に行く。

路地の奥にある。

開店は10時からで、先客が二人いた。

注文をすませてキンドルで『遠い太鼓』の続きを読む。村上春樹の3年間(1986年~1989年)のヨーロッパ(主にギリシャ)滞在記だ。

スープとキッシュのセット。

スープがとても美味しかったので(そして量がそれほど多くなかったので)、カウンターのろころへ行って奥様に「スープのお替りはできるのでしょうか」と尋ねた。奥様はとても驚いた顔をして、「そんなことをおっしゃったお客さんは初めてです」と言った。カウンターの端にいた若い女性客がクスクスと笑った。そうか、定食の味噌汁みたいに味噌汁だけをお替りすることはできないのか。でも、みんな口に出さないだけで、「スープのお替りができたらなぁ」と思っているお客さんはいるのではないかしら。

食後に昨日食べておいしかったカステラ入りジェラードとブレンド珈琲を注文する。

奥様にダメもとで「この牛の形のクッキーのお替りできますか」と尋ねてみた。奥様は半分笑顔で半分あきれ顔で「できません」と言った。やっぱり。

これでランチではお腹が十分ではないし、本ももう少し先まで読みたかったので、紅玉のジャム入りのチーズタルトと紅茶(ニルギリ)を注文した。

奥様は10月に「まやんち」へ行かれたそうである。彼女は松本に来る前は下丸子に住んでいて、「まやんち」のお菓子教室で勉強をしていたのだ。だから「チーアン」は、ある意味、「まやんち」の暖簾分けである。「まやんち」はいまカフェ営業は金曜だけだが、「チーアン」は金曜・土曜が定休になったので、木曜の夜から下丸子時代のマンションのゲストハウスに止って「チーアン」を久しぶりに訪問したのだそうである。「モンブランは食べられましたか?」「はい、食べました。ほかにも食べました(笑)」なるほど、ケーキランチにしたのですね。

お店には1時間半ほど滞在した。店を出るとき、奥様が「よいお年を」と言った。次に来るのは春なので年末の挨拶はこのタイミングしかないのだが、気分的に早すぎる気がする。私がそういうと、奥様は「では、年内にもう一度いらっしゃるとか・・・」と言って笑った。

では、よいお年を。今度「まやんち」に来られるときは、連絡をください。蒲田周辺のカフェをご案内しますから。

だいぶ青空が広がって来た。

陽射しが指すとそれなりに暖かいので、ナワテ通りの「じゅげむ」の前のベンチで読書の続き。まだ食べそこなったカレーうどんのことが頭から離れないのだ。

四柱神社の境内にある蕎麦屋「こばやし」でカレーうどんを食べようかと思って行ってみたが定休日だった。

街を歩いていても「うどん」の文字が目に付いてしまう(ここはやっていない)。

どこかで何か食べたいなと考えるていたら、「あそこに行ってみよう」と思い立った。朝日通り(だったかな)を先の方まで歩く。

通りの一番外れのところにある「キッチン南海」。神保町にある「キッチン南海」の暖簾分け店である。早稲田の「キッチン南海」は2年前に閉店し、いまは「キッチン南国」という名前で引き継がれている。松本に「キッチン南海」があることはずっと前から分かっていたが、入るのは今日が初めてだ。年輩のご夫婦がやっている。お客は地元の常連さんと思しき方が多く、賑わっていた。

チキンカツカレーをごはん軽めで注文したが、それでも早稲田の「キッチン南海」よりもボリュームがあった。カレーうどんからのカツカレーへの方針変更であったが、いささか胃が重くなった。

胃が重くなったと感じたのは、店内でかかっていたTVでアメリカ大統領選のニュースを見たせいかもしれない。気分が重くなった。

腹ごなしの散歩で市立美術館へ。

館内の展示を観るわけではなく、敷地内に置かれている草間彌生の作品の見物。

何か飲みたかったが、併設のカフェは混んでいた。

街歩きをしながら駅の方へ戻る。

本日二度目の信毎メディアガーデン。

今日撮った写真の整理(ブログに載せる写真を選ぶ)。

ラウンジに置かれているピアノは通りすがりの人が弾いてもよいのだろうが、そういう人はなかなかいない。決まった時間に担当の人が来て、何か弾いている。レクイエム(S君や梅津かずおさんのために)をお願いしたら弾いてくれるのかしら。

写真の整理を終わって、午後4時。帰りのあずさ号の時間(午後5時20分)まで、まだだいぶある(予定では「栞日」に行くつもりだったのだが、水曜は定休日なのだった)。

一本早い(午後4時半発の)あずさ号で帰ることにした。駅での指定券の変更にギリギリ間に合う。みどりの窓口に人がけっこう並んでいたので無理かと思ったが、自販機でもできますよと駅員さんに言ってもらって、手伝ってもくれたので間に合った。ありがとうございます。

この時間のあずさ号に乗ると夕日がきれいなのだ。

通路側の席だったこともあり、車内ではずっと本を読んでいた。新宿には午後7時10分着。新宿→蒲田までの山手線、京浜東北線はサラリーマンたちでけっこう混んでいた。それはしかたありません。

8時、帰宅。玄関にチャイが迎えに出て来たので、抱っこをしてすこし近所を散歩する。

『海に眠るダイヤモンド』第2話(録画)を観ながら、珈琲を淹れて、「サンドイン」で買ったサンドウィッチを食べる。

その後は、書斎で大量のレビューシートのチェック。

途中で風呂に入り、出てからチェックの続き。

1時、就寝。