昨日の夜から体中の筋肉痛と違和感は募り、毎日10K走っていても日々筋肉痛というのは
起きていてタイムを更新しようとか昨日の自分に勝つとかそんな気持ちから次の日同じ
距離を走っただけなのに筋肉痛はいつも感じているのですが、それとは違う筋肉痛と
体に規制がかかったかのような緊縛感があり、たった二時間のバスケットボールの練習が
とても新鮮に体に沁みたのでした。
まあよくテレビなどで健康のためにこれだけしていれば大丈夫とか健康体操とかやって
いますが、あんなものは嘘で好きな運動を思う存分こなすことでこそ自身の可能性とか
望むものが何でと先も見えてきて、課題も定まってくるというものです。
考えてみればコロナ騒ぎの始まった頃はまだ普通に市民リーグが行われていて二月の試合と
三月の豊島の交流会と進むときに外出自粛が言われ始め、学校が閉鎖になり市の施設も図書館や
文化体育館も閉鎖となり今六月になりやっと再開されたのです。
秩父では身近に感染者やクラスターがあったことはなく、感染者が里帰りしたという報道だけ
でしたが、移動が多くなればそれも今後どうなるかは不明であり、どうなるのかという不透明感
ばかりが募ります。
そんな中、再開して継続の意思を示したのは何か確かなものを感じるものとなり、自身の行動にも
何か肯定的なものが芽生えるのでした。
庭に目を転じると最近感じるのは、意外にも二度咲きしたルピナスがその後すぐに枯れてしまったこと
が気になり、これはまた来年花をつけてくれるのかと思っています。昨年もらったアイリスなどはまた
今年普通に同じ花が出ましたが、いつもの緑あふれる庭にしておくのは大変なことと思い知るのでした。
昨日からしとしとと梅雨らしい雨が降るようになり、熱帯的な降り方で梅雨も終わりなどと思っていた
気持ちを裏切り、まだその最中であることを証明されているようです。ここのところ雨が降り続くだけで
秩父でも避難所が開設されたり、雨でさえ災害的に振れる偏り型はこれからの人とか国とか住まい方とか
に関連してくるのだと思います。
そんなことを思うと昨日来たメールで珍しいイエメンの特売があり、気になる出来事と発展しつつあります。
というのはブラジルの豆の味と品質が安定してよいのに比べ、世界情勢的にブラジルという国がどうなって
行くのかは実は今一番危ない方に向かっている感じがしていてコロナ感染者世界一の座も獲得しそうだという
国の経済優先の方針とかそれがもたらすコーヒーへの影響とか気になります。
そうかと思えばニュージーランドでは感染者ゼロでラグビーも再開するなど普通の生活に戻ったというし、
この地域間の格差はどんな世界をもたらすのかということを考えさせます。
つまりはこのいつも飲むブラジルがまたいつまでも飲めるものであってほしいと思うのみで
人類の英知というのが今後生かされるのか世界最大産地のコロナ対策もどうなるのかときしむ
体でつらつらと同じようなことを考えて続ける朝でした。