King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

ドミニカとジャガイモ

2020年06月20日 00時09分37秒 | 珈琲

当店の周りの畑ではジャガイモは今花をつけているところです。

横瀬町ではとっくに終わっている田植えも今まさに植えようとしている田んぼが

多いのも不思議です。最近雨の中走り聞こえるカエルの大音響と本当に自然というのはすごいもので

種も植えてないのに雑草は抜いても抜いても雨がやんで次の日にはもう伸びています。

カエルもどこから出てくるのかよく飽きもせず毎年今の時期鳴き声が響きます。

先月のタケノコに続き、今はジャガイモや玉ねぎをよくもらいます。

 

先日珍しくラジオを聴いていたら太宰治の娘という人が出ていてゴッホのジャガイモを食べる人々

について語っていたので太宰治の娘というのを売りにしていることや話している内容もちょっと

びっくりしましたが、考えてみるとゴッホの絵は日本人は好きですが、生きているときには

ちっとも売れず本人もそれを苦にしていて自分が死ねば売れるというのも自殺の原因のひとつと

考えられることや太宰治が自身の入水自殺とか作品とか売れるための行動だったとか作品とおなじ

ようなことをしてさらにその結果生まれた娘であることを武器としているのを目の前にすると

複雑なものが交錯するのでした。

 

そもそも当時の金持ちがこんな暗くて薄汚いテーマの絵を家に飾りたいと思うはずもなく、

絵の構図も変だし描かれている人の表情も妙にてんでんばらばらで統一感がないばかりか

そもそものジャガイモがそれはもう大量にただだらだらと平面に並ぶさまは何が表現したかったか

想像するに謎な点が多いのです。太宰の娘が語る絵の空想も何やら当てはまらない空回り感が

強く世の中の人は何がしたいのかという疑問が強くなるのでした。

 

ただ、この絵で言えば唯一温かいものが感じられるところが食卓で今まさに注がれている珈琲です。

 

食べるものがジャガイモしかない貧しい食卓にそれでもたくさんの珈琲がそれに華を添え温かい食卓と

家族のだんらんを演出しているのに誰もそれに気が付かないのです。

 

今朝焼いたドミニカは雨の中お客様も少ないのに夕方にはなくなりました。それだけ珍しかったので

しょう。

 

こんな冷たい雨の降り続くときにいつもより浅煎りの珈琲も似合うものです。

 

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