古淵駅北西700m、境川沿いの龍像寺坂を左折すると長い板塀に囲まれた曹洞宗寺院「渕源山龍像寺」はある。慶応年間(1338~1341)に淵辺伊賀守が開創、天台沙門存光師が建立。その後、巨海才大和尚が曹洞宗の寺として再興した。寺伝に昔、龍池という大きな池に住んでいた大蛇が住民に悪さをしていたため、時の地頭「渕辺判官伊賀守義博」がその蛇を退治したという「大蛇退治伝説」があり寺名も因む。本尊は釈迦如来/聖観世音菩薩。重厚な「山門」を抜けると正面には木造の入り母屋造りの「本堂」、右手に「客殿」と「庫裏」、左手に「鐘楼」が建ち並ぶ。砂利を敷き詰めた境内には庭園風の植栽と石灯篭・岩周りにはあらゆる石仏、石造塔が見事に配置されている。本堂前に仏塔の一種「宝篋印塔」(墓塔・供養塔)と「十三重寶塔」、本堂左山手には「顕彰碑」、「岡野家墓所と墓碑と墓誌」、「供養塔」、六角堂の「観音堂」が建てられている。「山門」左手には「六地蔵」と市の登録文化財である「徳本念仏塔」がある。その奥小丘にお釈迦様の一生を彫った「石版」と「七観音の石像」がある。かつて寺子屋を継いで「淵博学舎<」/font>が開かれたとある当寺は「武相観音霊場の第48番札所」である。(2201)
相模原磯部頭首口の近くに鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元の流れをくむ下溝の「天応院」の末寺で磯部の古刹とされる曹洞宗寺院「磯平山能徳禅寺」は鎮座している。創建は室町時代末期(1500年)頃。本尊は如意輪観音である。禅寺の「山門」の脇には「不許葷酒入門」という戒壇石に刻む句と六地蔵がある。「山門」より入山すると手前に「鐘楼」、正面に「大本堂」、その左に「庫裏」がある。庫裏の前のやや小高い丘には白い「観音像」が建てられ寺域を見守っている。当寺は初夏には藤の花、秋には鐘楼前の「イチョウ」、観音像の周辺の「カエデ」の紅葉で彩られ、そして間もなく境内の一角に植栽の「紅白の梅」が咲き出す頃である。(2201)
相模原市南区麻溝に四季の花が絶えない広大な「相模原麻溝公園」はある。当園は「クレマチス」や「アジサイ」、そして春を告げる花「クリスマスローズ」の名所でもある。「管理事務所前」と「センター広場横」と「スロープ斜面」、「あじさい順路の奥」、「ふれあい動物広場」の3か所に約6,000株が植裁されている。白、紫、ピンク色の可愛らしい花をつける「クリスマスローズ」は花の少ない冬の季節を彩る数少ない庭花である。花丈は20~30㎝、花姿は小首をかしげ何か耳を澄ましているように、やがて来る春の足音を待つように冬の寒さに耐え咲く花である。訪れた日はまだ全体的に葉っぱだけであったが管理事務所前とセンター広場横とスロープ斜面に白色のクリスマスローズが十数輪ほど咲き始めていた。また所々に紫色の蕾を大きく膨らませて今にも開花しそうである。クリスマスローズの咲き方には「シングルフラワー」、「ダブル」、「セミダブル」の3タイプがある。クリスマスローズは「追憶」とか「私を忘れないで」、「私の不安を取り除いてください」、「慰め」、「スキャンダル」の花言葉を持っている。花の心の奥底の苦悩を訴えるかのように俯いて花弁を密やかに開く様子を現している。(2201)
相模原市南区下溝に四季の花が絶えない県立都市公園の一つの「県立相模原公園」はある。この時季はさすがに花が少なく撮影機会に苦慮している中、イベント広場から噴水広場に移動する左側に紅&白梅が4本、「紅葉の丘」、「衆遊の庭」周辺に早咲きの寒紅梅と冬至と思われる白梅が5~6本植栽されている。イベント広場右側では「白梅」がすでに3、4分咲き、紅葉の丘を過ぎた「衆遊の庭」一帯では紅・白梅が開花し始めている。特に「紅梅」の方がもう5、6分咲きとなってもう見頃を迎えている。梅花に近づいてみると仄かな甘い香りが漂ってくる。梅は百花に先駆けて春の訪れを知らせてくれる花であり、大寒も過ぎそろそろ見頃を迎えそうである。(2201)
相模原市新戸の霊峰「雨降山」を望む緑豊かな地に建長寺の末寺、新戸の古刹の曹洞宗寺院「本鏡山常福寺」は鎮座している。当寺の創建は約700年前。本尊は釈迦如来。当寺は春は「桜」、秋は「彼岸花」と「萩」、晩秋、初冬は「紅葉」と「梅」と年に2期間にわたって境内は美しく彩られる。境内に入る石段の前には樹齢400年を越える古木「しばの木」が聳えている。当寺は禅寺として江戸時代には「寺子屋」を開き、当地の学問の中核であった。「山門」前の一画に植栽されている2数本の「梅」で3、4輪ほど可愛らしい花びらを広げていた。梅は百花に先駆けて咲く花木である。梅もいち早く春を察知しているのかもしれない。(2201)