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伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

情報刑法Ⅰ サイバーセキュリティ関連犯罪

2022-08-20 22:13:04 | 実用書・ビジネス書
 サイバーセキュリティ(コンピュータ・ネット環境・インフラの安全確保)に対する侵害としての不正アクセス罪、通信の秘密侵害罪、マルウェア(コンピュータウィルス)作成・提供・供用・取得・保管罪、電磁的記録不正作出等罪・電磁的記録毀棄罪、電子計算機損壊等業務妨害罪、情報等を保護するために設けられているものとしての電子計算機使用詐欺罪、営業秘密侵害罪、個人情報データベース等の提供に関する罪等について、その成立要件等を解説した本。
 日本の法律の特徴と言えますが、犯罪(罪となる行為)の定義が抽象的で非常に幅広い行為が処罰対象となりうるし結果(被害)が具体的に発生することもさらには結果発生の具体的な危険さえ生じなくても処罰しうる(いわゆる抽象的危険犯)刑罰法規が制定され、そのこと自体はこの本の執筆者も共通に理解しているように見えますが、サイバー犯罪が手を変え品を変え生まれてくるのをもれなく処罰するためにはそれが望ましいと考えつつサイバーセキュリティを守る側の行為(防衛策を開発するための試行等や対策パッチ等の一方的な供用等)までが犯罪となり得ることを憂慮しそういった「正義の側」(実質的に「お上」の側)が萎縮することになってはならないという限度で犯罪の範囲を限定解釈すべきと考える者、(デュアルユース=公益的にも侵害的にも使用できるものを含めた)ソフトウェア開発者一般の自由を確保し萎縮させない考慮が必要と考える者、ソフトウェア開発者以外も含めて企業の経済活動(金儲け)の便宜を優先的に考える者、市民の自由・罪刑法定主義の観点からあまりにも広汎な処罰規定には疑問があり一定程度は制約すべきと考える者といった具合に、執筆者のスタンスに微妙な違いが感じられ、私はそのあたりに関心を持って読みました。Winny事件で開発者を無罪とした高裁判決を維持した最高裁決定、コインハイブ事件でサイト運営者を無罪とした最高裁判決、他方でスマホの位置情報アプリを開発した企業の経営者を有罪とした判決等についての評価はなかなか興味深いところです。基本的にはお上と企業活動に奉仕する人びとで大きな違いはないように思われますけれど。
 近年、企業活動の保護・便宜に非常に偏した立法が進み、不正競争防止法の営業秘密侵害罪は信じがたいほどの重罰化が進んでいますが、この本では、当然のこととしてそれに対する批判的な視点はなく、その解説部分(第10章)では、法律の解説のみならず、企業が営業秘密を守るための侵害予防措置についての助言までしています(295~300ページ)。これって法律の解説書じゃなくて、企業側の弁護士の企業指南書なんですか。
 法学者も入って、罪刑法定主義についても触れながら、全体として市民の自由を守ろうという気概には乏しいように思えます。そもそもあまりにも多数の刑罰法規が続々と作られて多くは誰もその存在を知らない上に、刑罰規定の条文を読んでも、この本でも度々難しいという言葉が出てくるように、専門家でさえどこまでが犯罪となるのかはっきりわからないような処罰規定を作ること自体、罪刑法定主義(本来的には、何が犯罪となるかを予め明確に知らしめておく)を満たしていないんじゃないかという気がします。企業の経済活動(利益、金儲け)を守るためにはその障害となるような行為はすべからく処罰できるようにすべきだという価値観で動く法律家が蔓延していることを改めて憂慮しました。
 ま、学生時代に刑法好きだった私としては、久しぶりに刑法学的な本を通読して、理論展開に関しては懐かしいなぁという思いもしましたけどね。


鎮目征樹、西貝吉晃、北條孝佳編 弘文堂 2022年6月15日発行
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