ウォン・カーウァイ『ブエノスアイレス』(1997年)を観る(>> リンク)。 公開当時、映画館でなんども予告編を目にしながら、淫猥な雰囲気にたじろいでしまっていた。
香港に住むゲイの恋人同士、ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)。何かをやり直すために、アルゼンチンへと旅立つ。かれらは常に喧嘩し、嫉妬し、なまの感情をぶつけ合い、そのたびに互いのもとに戻る。やがて、ファイは、厨房の仕事仲間チャンと仲良くなり、それと同時に、ウィンと疎遠になる。チャンはパタゴニアの先を見届けてから台湾へと帰り、ファイはイグアスの滝で淋しさを噛みしめ、そして、台湾経由で香港へと帰る。
これは夜の映画である。浅い被写界深度と微妙に転ぶカラーバランス、そして広角レンズを多用して、覗き見しながら邪魔な存在をすべてこちら側に寄せようとする感覚。かれらは体温と体臭と息を感じる距離で生きている。そして、ピーカンの空の下では、寄る辺ない不安さによろめくように見える。
チャンともウィンとも遭えないファイだが、ファイは、遭おうと思えばいつでも遭えるという確信を、なぜか持っていた。生き物としての棲息域と、広い世界との奇妙な融合がそこにあって、それが旅心を刺激して困る。
●参照
ウォン・カーウァイ『恋する惑星』(1994年)
ウォン・カーウァイ『花様年華』(2000年)
ウォン・カーウァイ『楽園の疵 終極版』(1994/2009年)
ウォン・カーウァイ『グランド・マスター』(2013年)