和田春樹『北朝鮮現代史』(岩波新書、2012年)を読む。
「これでは北朝鮮のようだ」などといった表現が頻繁に使われるが、実際のところ、それはタカをくくっているのであって、国家の歴史や実状はほとんど認識されていない。その点で、本書は第一人者による通史であり、読み応えがある(文章は生硬だが)。
金日成は平壌に生まれ、満州国設立前の吉林で学び、やがて中国共産党のもとで遊撃隊を率いて抗日活動を行った。同時に武装闘争を行った楊靖宇は日本軍に射殺されるが(1940年)(澤地久枝『もうひとつの満洲』)、金日成は生き残り、戦後、故郷に凱旋する。確かに傑出した人物であったのだろう。
なお、すでに伝説のように語られていた金日成本人が民衆の前に姿をあらわしたとき、あまりの若さに驚きの反応があった。そうでなければ、きびしいゲリラ闘争を続けおおせたはずはない。ちなみに、これをもとに金日成の出自を改竄だとして、そのことを朝鮮学校の否定に結びつける者もあるが(>> リンク)、くだらぬことだ。
朝鮮戦争(1950年~)は、米ソの両陣営の衝突ではあったが、実状は、米中の戦争であった。北朝鮮でも、中国において共産党が国民党を掃討したことを意識していた。
一方、ソ連の立ち位置は、このときも、この後も、常にパワーポリティクスを考慮して揺れ動いた。結局は、ソ連の崩壊(1991年)が、経済面からも、イデオロギーの面からも、北朝鮮に大打撃を与えることとなる。なお、やはり共産党政権のベトナムが対米戦争に勝ったことを意識して、北朝鮮も韓国内部での工作を仕掛けたが、うまくいかなかったようだ。
1960年代頃から、北朝鮮は遊撃隊国家と化す。首領・金日成以外は、個々が日本と闘うという思想であり、およそ近代国家とは言えない。しかし、国際関係や経済の悪化に伴い、それは維持できなくなった。カリスマたる金日成が没した(1994年)ことも、その原因であった。金正日政権となり、国家のかたちは、軍が率いる「先軍政治」(著者のことばでは「正規軍国家」)へと変貌した。金正日に対する評価はことごとく低いが、本書によれば、軍への求心力を保つための行動は驚異的なものであったという。
北朝鮮は決してフテ腐れてならず者国家の道を選んできたわけではない。米国との交渉も、日本との交渉も、互いの思惑がかみ合わなかった。その挙句、日本は強硬一辺倒と化してしまった。その最右翼が現政権であることはいうまでもない。(もっとも、第一次政権時には、北朝鮮に歩み寄った米国に梯子をはずされた形となったわけだが。)
金正恩政権ではどのようになっていくのか。著者は、正規軍国家から、党が主導する国家へと変わっていくだろうと言う。しかし、金正日は、最高ポスト(国防委員会委員長、党総秘書、党中央軍事委員会委員長、最高軍司令官)をひとつも息子に譲らずに死んだ。それは「明らかに金正日がそうすべきでないと考えていたからに他ならない」という。その不安定な体制のもとで、本書でも紹介されている張成沢が、つい先日、 金正恩によって突然粛清された。まさに時々刻々と変わっていく政治状況なのである。それに対し、対話の意思も柔軟性もない強硬一辺倒ではダメなことは間違いないように思われる。
●参照
○高崎宗司『検証 日朝検証』 猿芝居の防衛、政府の御用広報機関となったメディア
○菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業』、50年近く前のピースの空箱と色褪せた写真
○パク・チャヌク『JSA』
○飯田勇『越境地帯』
○『三八線上』(朝鮮戦争への中国出兵)
○馮小剛『戦場のレクイエム』(朝鮮戦争への中国出兵)
○李恢成『沈黙と海―北であれ南であれわが祖国Ⅰ―』
○李恢成『円の中の子供―北であれ南であれわが祖国Ⅱ―』
○井上光晴『他国の死』(朝鮮戦争における巨済島事件)
○コバウおじさん
○金浩鎮『韓国歴代大統領とリーダーシップ』