MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

荒木一郎と村上春樹

2021-08-02 00:59:10 | Weblog

 『まわり舞台の上で 荒木一郎』(荒木一郎著 文遊社 2016.10.15)において荒木が村上春樹の翻訳について語っている。

荒木 でも、翻訳ものの難しさは、やはり翻訳者によって違っちゃうっていうところだよね。こないだ、村上春樹がチャンドラーを訳したのを買ってきてみたときに、もうひどくて。やっぱり全然、何にも分かってないなと……ハードボイルドが見えないっていうか、全然違うところにいるんだなぁと思った。やっぱり日本人のオタク的な人なんだろうなぁと思う。ただ、『ありんこアフター・ダーク』では(一人称を)『僕』でもって進めていくじゃない。『僕』のハードボイルドは、まずないと思うんだけど。あれ、多分、村上さんは読んでるんじゃないかなぁと思う。なんか同じような匂いを書こうとしているっていうか、村上さんが。エラそうに言うとね。
 ただ、それをレイモンド・チャンドラーでやろうとしても、それは無理だろうっていう。そういうものじゃない。だから、あの人の頭ん中に、多分、レイモンド・チャンドラーが書く、マーロウみたいな探偵が存在してないんじゃない。ただ、憧れはあると思うんだよね。その憧れだけで書いたんだよ。だからそうなっちゃう。やっぱり片岡義男の方がうまいよね。レイモンド・チャンドラーは、ほんとにもう、いろんな人が訳してて、みんな違って。原文でほんとに完全に理解できれば、いちばんいいと思うけど、残念ながら、それはできない。どうしても、翻訳ものは弱くなっちゃう。向こうは一流が書いてんだけど、こっちは二流が訳すから、やっぱりそこのギャップが大きいよね。吹き替えで映画見てるみたいなもんだもんね。翻訳っていうのを、ただ英語を訳すんだって勘違いしている人たちが多い。だから、そこは難しいなぁと思う。」(p.360-p.361)

 正式に活字になった著書で村上春樹の翻訳を的確に批判した文章を初めて見た。翻訳出版業界は勝ち馬に乗って誰も村上を批判できなくなっており、売り上げを伸ばす代わりに翻訳の質を落としているという本末転倒が起こっているのである。


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