青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

テツの道 好きだからこそ 輝いて

2020年03月20日 11時00分00秒 | 片上鉄道(保存鉄道)

(思い出のヘッドマーク@吉ヶ原駅ホームにて)

「わかあゆ」「しらさぎ」「ふるさと」・・・特に片鉄では列車に愛称を付けていた風もないのですけど、普通列車のディーゼルカーはこんなほのぼのとしたヘッドマークを付けて、片上から柵原の間を走っていたそうです。手書きの鮎のイラストが優美な「わかあゆ」のヘッドマーク、片鉄に沿って流れている吉井川は鮎が名物で、天瀬駅や河本駅付近では、季節になると鮎釣りの人で賑わっていたそうです。

そんな「わかあゆ」ヘッドマークを、慣れた手つきでキハ702の両サイドに装着する駅員氏。保存会の方々は、おそらくですけど当時から現業に従事していた鉄道マンOBとお見受けする方も多く(動力車操縦免許とかいるもんね)、その所作というか身のこなしが実に様になっていますよねえ。ホームに置かれたヘッドマークは、運転会の中のタイミングで色々と取り替えられ、全てのヘッドマークの装着を見る事が出来ました。

パステルグリーンの椅子に、藍色のモケットが並ぶキハ702の車内。運転会に参加している皆さんの顔、顔、顔を見れば、自分と同じか上の世代のファンが多い。こういうものに興味を惹かれるのはさすがにそれなりの年齢層、ということか。大多数はマニア!なのだけど、その中に純粋に「アトラクション的な乗り物」として小さい子供連れの家族がいたりしてほっこりする。さすがに中高生の姿は見えない。そもそもここまで来るという行為自体が相当ハードルが高いのではないかと思われるが。

ドア上に掲示された往時の片上鉄道路線図。片上鉄道は、柵原鉱山で採掘した硫化鉄鉱を、瀬戸内海に面した片上港から積み出すための鉱山鉄道でした。片上から和気(わけ)、益原(ますばら)、天瀬(あませ)、河本(こうもと)、苦木(にがき)、杖谷(つえたに)、周匝(すさい)、美作飯岡(みまさかゆうか)、そして吉ヶ原(きちがはら)、柵原(やなはら)。微妙に難読駅名が多い片上鉄道ですが、そんな日本の豊かな地名が躍るように戯れている駅名と、精一杯に沿線の名所名物旧跡を描き込んだ路線図を眺めているだけでも、在りし日の鉱山鉄道の姿が瞼に浮かび上がって来るようです。

背摺りにくっついた灰皿。昭和の時代が終わってたかだか3年で廃止されてしまった鉄道ですから、車内は当たり前のようにスモークフリーだったのでありましょう。この30年で日本の社会のタバコに対する意識ってものすごく変わっていて、今のご時世禁煙が当たり前。電車の中でタバコを吸う事なんてとんでもない!というのが共通認識ですけど、ちょっと昔の東武電車とか【浅草~館林・新栃木間禁煙】みたいな銘板が車内にありましたよね。ようはそれ以外は吸っても良かったという事で、昭和の時代というのは何とも喫煙者にはおおらかな時代でした。もちろん今はタバコ吸えませんのであしからず。

オルゴールのチャイムが流れ、「おはようございます、本日も片上鉄道保存会、展示運転にご参加ありがとうございます。10時28分発の黄福柵原行きです・・・」という車掌さんの流麗な名調子とともに、キハは吉ヶ原を離れて400mの本線を進んで行きます。揺れる車内に響くキハ702のやかましいエンジン音に、車掌さんのアナウンスはかき消された。後部の運転席からカブリツキでもう少し聞いていたかったのだけど・・・たぶん現役当時もこうだったのだろうなあ。

400mですから、乗って動いている時間なんてものの1~2分あるかないか。それでも「動態保存」という形で往時の片鉄の雰囲気をほんの少しでも味わえるのだから、贅沢を言ってはいけません。終点の黄福柵原駅は、保存鉄道のために作られた新設駅。本当の柵原の駅は、もっと先の柵原の集落を抜けた先、それこそ鉱山の中にあった駅だったそうです。今でも鉱石積み込み用のホッパとか残ってるらしいからねえ。レンタカーでもあったら見に行けたんだけども。

「運転無事故」「確認の実行」「和厳誠」「基本動作の徹底・指差確認の励行」・・・という運輸業務の職場らしい標語が躍る黄福柵原の駅舎内。平成26年に行われたこの駅の開業と同時に、本線も130mほど延伸されたそうです。廃止された鉄道に新駅が開業するというミステリーは、片鉄の保存会と、支えてきたファンの方々が起こした奇跡なのかもしれません。左上に掛かるのは旧柵原駅の廃止当時の時刻表と思われますが、沿線の過疎化による利用者の減少に耐えられず、減便に減便を重ねて最後は1日3本(土曜日のみ午後に1往復の設定があり4本。沿線に住む高校生の下校時刻に配慮したものと思われる)という侘しいダイヤになっていたようです。

ほとんどのお客さんは、そのまま折り返すキハに乗って吉ヶ原駅へ戻って行きます。列車の発車を見送って、駅務室に戻った黄福柵原駅長。赤と金の帽子を被り、ピシッと制服を着こなした姿。赤い閉塞器を操作する背中に、遠く遠くに忘れてきた昭和の鉄道情景と鉄道マンのプライドが滲みます。・・・運転会に参加して思ったんだけど、車両だけじゃなくて、むしろ鉄道を取り巻く人の姿が凄くカッコ良い。みんな自分の中の鉄道マンとしての理想と矜持を持って、輝いているように見えるんですよね。勿論好きな事だからこそ皆さんやれるのかもしれないけど、一挙手一投足に神経が通った所作の美しさには感動すら覚える、黄福柵原駅の一コマです。

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