青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

青空を泳ぐ

2013年04月29日 21時35分03秒 | 中央東線

 

(うどんの国の人だもの@富士急行線上大月~田野倉間)


三連休の三日目もほどほどに天気のよろしいこって。
えー、今日は中央東線です。毎日毎日よく動きますなしかし。圏央道が部分開通した効果もあり、大月近辺まではGWでも自宅から2時間かからないで行けるレンジになって来ましたからねえ。まあやって来た事と言えばいつものルーチンワーク。テキトーに写真撮って、息子と吉田うどん食べて帰って来るだけの簡単なお仕事です(笑)。取り立てて改めて報告しておく事もないのだけど、一応撮った写真は備忘録程度にアップロードしておきますか。

 


まずは梁川の下りストレートで陣を構えて朝の臨時を何発か。ホリ快河口湖は1号が間に合わなかったんで3号のみになってしまいましたが、お馴染みの国鉄色に塗られた田町の183系H61編成6連。相変わらず素っ気ない「快速」幕のまま。いっつも充当されるんだから、幕くらい何か用意しても良さそうなもんだけどなあ。

 


115系長野色C7編成、列番表示がデジタル化されていない車両っていいよね。今日はGWと言う事でホリ快ビューやまなしも運転されとりました。一応専用の幕があるんですねえ。オール2階建てってスペックが過剰過ぎたのか使い道の難しい車両ですが、独特のモアイ像のような表情は遠目からでもすぐ分かりますな。

  


GWってのはヤマフジの季節なのですかね。四方津の赤鉄橋こと大呼戸沢の橋梁で何枚か。昔の写真で見れば鉄橋全体を写せたこの場所も、最近は木々が伸び放題に伸びてアングルが非常に組みづらくなっています。それを知ってたんでここで撮った事なかったんだけど、まあ新緑の時期ならいいかな~って思ったんでね。車両は飛ぶのを覚悟で新緑の艶を出したかったんでハイキーにしてみたんですがいかがなもんざんしょ。

 


帰りは新桂川の大鉄橋…と言う特に何も考えていないチョイスですが(笑)、鉄橋下のお宅に鯉のぼりが。庭の掃除をしていた家人の方に失礼させていただいて、鯉のぼりをモチーフに何枚か撮らしていただきましたが…いや~、思うようにはならない鯉のぼりの動きを列車と絡めるのは正直不確定要素があり過ぎますな。青空を泳ぐ武田菱と鯉のぼり、モチーフとしては最高だと思うんだけど、ついぞ満足なものは撮れずじまい。小一時間格闘してみましたが子供が飽きてタイムアップ。


畑の片隅に残っていたキガラシの花と長野色を絡めて今日はフィニッシュ。非常に天気に恵まれたGW前半戦でしたが、後半戦は遠征の計画もあるので、ぜひこのペースで天気はお願いしたいものですねえ。

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いつでも地元、いつまでも地元。

2013年04月28日 17時36分05秒 | 小田急電鉄

(ああ愛しのマンサード屋根@向ケ丘遊園駅北口)

三連休は二日目もホント天気のいいこって。
子供の食事とか風呂とかの世話が大変なので昨日より実家へ帰省中でございます。孫可愛さにかこつけてタダメシをゴチになる算段なので、どちらかと言えば帰省中と言うよりは寄生虫にございますが…(笑)。朝のニュースの高速道路の渋滞情報は早々に遠征を諦めさせるには充分の破壊力にて、今日は昨日買った三脚を持って徒歩鉄と洒落込むことに。スタート地点は向ケ丘遊園駅の北口、勝手知ったるド地元ですが、小田急電鉄の社紋をあしらった風格あるマンサード屋根は健在。そして相変わらず駅前のキャバレーも健在(笑)。つーかここ何十年も「フロアレディ募集中」の看板が外れた事がないのだが、そんなに人材不足なんすか??と心配になるw


様々に移ろいゆく向ケ丘遊園駅。最近は遊園地の閉鎖に始まり、何かあれば扱いが悪くなって行く苦難の歴史を現在進行形で体現中であります。実家を離れて久しいアタクシには1番ホームで急行が特急を待避するなんてコト自体が信じられませぬ…いや、複々線が登戸で終わって、ここまでケツ突っつかれてた急行が特急を先に行かすってのは分かるんですけどねえ。そして悠然と遊園を通過するにっくき快速急行。複々線化に伴ったホーム&線形の微妙な改良に伴い、駅のど真ん中に中継信号機がブッ刺さっているのもアタクシがこの駅を頻繁に利用していた頃にはなかった話。

  

…などとブツブツ言いながら、電車に乗って読売ランド前駅へ。
駅前のマックで子供にマックシェイクを買い与えつつ、駅から5分のお手軽スポットで午前中のいい光線を使った小田急撮りに勤しむ事に。かなり構図がカツカツになるのと歩道橋の影が車体に掛かるのには難があるのかもしれないが、ここのクイッと軽くバンクがかかる構図ってのが好きなんです。津久井道にあるプロパン屋の裏に芝桜が植わっていて、足元が華やかな装いになりました。GJプロパン屋!ちなみにこのプロパン屋には昔家の風呂を直してもらったりした事があるのだが、まあここはアタクシにとってはジモもジモな場所って事でw

  

メトロ・8000・1000・3000・1000・4000と来るもの拒まずシャッター切りつつ、子供が手を振りホーンが返る。いい天気の春の一日、アガリはまずまずかっちりと。それにしても1000系のスタイリッシュなデザインに改めて魅力を感じるのであります。10連ツライチで幕車で、台車のボルスタアンカーもどっしりとメカニカルじゃないですか!4000はどーこー言う前にLEDの行先表示が切れまくるのがねえ…どこ行きなのか分かりゃしねえ(笑)。

 

新世代の相互乗り入れ車をランドの上りホーム百合ヶ丘寄りで。
小田急は9000→1000→4000と三代の地下直車を数えますが、メトロは未だに初代6000の絶対王朝が続いておりました。が、今日見た感じではメトロからやって来る直通車も半分はこの16000系に置き換わっており、さすがに世代交代が進んでいる事を窺わせますねえ。なんかこう、あまりマジマジと見た事はない16000系のツラってのは、何となくハロウィンのカボチャのようなw

  

ランドから生田へ電車移動。やって来た2000系の各停、ただの各停ですが2000系列は江ノ島線には入って来ない車両なので新鮮です(笑)。この2000系と4000系だけ帯に締める帯が青味の強いロイヤルブルーなのです。生田駅の裏を流れる五反田川には、皐月を控えて鯉のぼりがはためきますが、そんな中をシャンパンゴールドのEXEが走り抜けます。この鯉のぼり、生田の商店街が毎年やってるこの時期の風物詩なので、一匹一匹に店の名前が入っているのだが…。う~ん、ジモ臭ハンパない話題だw


五反田川は麻生区の細山付近を源流とし、高石のニマイバシストアーの辺りから西生田、生田、東生田を流れ遊園の府中街道の陸橋のところで二ヶ領用水に合流し、最終的には多摩川に繋がっている。多摩丘陵の谷戸の水を集める川で、普段はドブ川に毛の生えたような程度の水量ではありますが、夏に雷があったりするとたまに溢れそうになる。川崎市多摩区では三沢川と並ぶ「ガキが柵を乗り越えて入って大人に怒られる」川です(笑)。どこにでもあるでしょ、そーいう川。今思うとよくこんなきったねえ水の川に入ってたなとは思うのだが。

 

五反田川の鯉のぼりを愛でながら、たぶん明大生御用達の「麻雀大三元」の裏を通って東生田小学校を横目に生田根岸の陸橋下へ。「生田根岸の陸橋」とは、神奈川県道13号横浜生田線と津久井道の交点の部分の事で、ちょっと先に長沢浄水場があるんで「浄水場通り」とも呼ばれていますがね。陸橋の下の日陰で爽やかな風を受けながら親子で一休み、ヤマフジの花咲く生田根岸(東生田小学校裏)を通過する8000快速急行とMSEメトロはこね。東生田小は何年か前に全面改築が終わってずいぶん立派になりましたな。

 

遊園3号踏切。いつの間にか「専修大学国際研修館」なるものが建設されている。この辺りから路地を歩いている学生が増えて来るのだが、まあほぼ専大の学生だと思って間違いないでしょう(笑)。地位没落が叫ばれて久しい遊園を支えているのは間違いなく専大生だと思うのですが、通学時の歩きタバコとかゴミの散乱とかバイクで狭い路地走んな!とか並んで歩くなテメエら!みたいな地元住民との軋轢も聞かない訳ではない。通過するVSEに向かって手を振ったら「プァンプァーン」だって。

  
  

そろそろ遊園の駅も近付いて来たのだが、ここへ来たら小田急の有名撮影地である遊園カーブで撮らない訳には行かないっしょ。特に改めて各車に対するコメントはありませんが、「だぶるでえくせだ~!」とか「メトロさんきた~!」とか親子で大騒ぎしつつ専大生のお姉ちゃんに「つぎのおだきゅう、くるぅ??」声をかけていたのはアタクシの息子ですw稲田登戸病院の下にあったファミマがなくなって久しい専大口のコンビニ事情ですが、山登りの登り口(遊園2号)のところに広い駐車場付きのセブンイレブンが新しく開店してたな。つーかそんな場所にコンビニ作ったら遊園カーブに撮りに来るヲタが駐(ry

 

遊園カーブから府中街道の陸橋をくぐり、ジョナサンの横の遊園1号踏切を通ってスタート地点の遊園北口へ。開かない渡れない狭い危ないと悪名高い遊園1号がとうとう拡幅される様子…今の通路よりさらにホーム寄りなので、あの車両ギリギリのエッジ感は改良後も健在な予感(笑)。子供の頃、登戸病院の帰りにここの踏切から1番の遊園止まり(2600系)をよく見ていたなあ。

いつでも地元、いつまでも地元。
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第14回蛭子バス

2013年04月27日 23時04分39秒 | 日常

(緑風の中を@金沢八景~能見台間)

GW初日、南関東地区は非常にいい天気に恵まれてのスタートとなりましたな。ただ引き続き週末は息子の世話ともなれば行く場所も限られ、そういやヨドバシのポイントが貯まってたなと言う事で上大岡のヨドバシカメラへ。現有機D90の後継として考えているD7100はボディのみで実売12万円台…まだまだアタクシの手元に届く日は遠いようです。このD7100、従来のデジタル一眼と違ってローパスフィルターを介さない画像処理を行う事によって鮮明な画像が得られる(ローパスレス)ってのがウリらしいんだが、ストッキングとナマ足の違いみたいなもんなのだろうか(笑)。わざわざ上大岡くんだりまで行って何も買わずに帰るのも何なので、本体には手が届かんがポイントで歩き鉄用の軽い三脚を購入。今持ってるSlikの三脚は安定感があっていいんだけど持って歩くにはいささか重すぎるのでねえ。一応Velbonのだから悪くはないはず…だと思う。

そして夜は恒例の第14回蛭子バス。今回は名古屋から能登半島は禄剛崎…そういやウン年前のGWに黒部峡谷と禄剛崎に行きましたね。戦前の予想としては岐阜へ出て旧越美南線沿いに金沢方面へ進んで行くものとばかり思ってたんだけど、美濃白鳥から向こうへは季節運行以外ではバスが通じてないんですね。昔は国鉄バスが名古屋と金沢を結ぶ「名金線」って長大路線バスを走らせてたんだけど、もうその名残すらないんでしょうか。この名金線の車掌さんだった佐藤良二氏の「荘川のさくら道」のお話は教科書にも載った有名な話なんだけど…

●今回のポイント
・名古屋~岐阜間はもうちょっと手際よく処理出来たんでは?
・美濃市から洞戸、洞戸からタラガトンネル越えでの郡上市入りのシーン。日没タイムアップの中でトンネルの向こう側の温泉宿(高畑温泉)から送迎を頼もうとルイルイが電話をかけるも本日休業との回答に、前回の「貝掛温泉マドンナ田中律子の友人にて特別扱いの宿泊事件」は何だったんだと言う改めての疑惑がw
・高山で泊まりたい蛭子VS神岡まで進みたいルイルイと森下の遺恨(笑)。「神岡なんて泊まるトコ何にもないよ!」って古くは三井財閥の鉱山城下町にしてスーパーカミオカンデを擁する神岡町を蛭子はナメ過ぎw
・神岡~富山の地鉄バスダイレクトアクセス一発ツモはでかい
・加越能バスのそこはかとないアースカラーは西武バスを思い起こさせる
・富来で泊まって日本海の海の幸を堪能する二人を尻目に牛丼を注文する蛭子
・富来宿泊で門前への朝イチの便を確保したのはポイント
・能登半島の奥部はほとんど鉄道が廃線されているので、バスでも何とかなるような気はしていた
・うーん、後半はスムーズ過ぎてちょっと物足りなくねえか??史上最速での到達だとか。

ルイルイに届いた新潟の6歳のファンの手紙にホロリと来た第14回。
なんか最近順調だからそろそろ失敗も見たいような…
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モグラになったシモキタ

2013年04月21日 21時40分46秒 | 小田急電鉄

(モグラシモキタ@小田急線下北沢駅)

天気の悪い週末、そして鬼のように寒い週末でした。さすがに子供とこんな土砂降りの氷雨の中出掛けて行くわけには…と思ったのだけど、家にずーっと閉じ込めておくと荒れる(笑)のでちょっとだけ出掛ける事に。こんな天気でテンションが上がるはずもなく、新宿まで電車で一往復して帰って来ただけ。特に何も言う事のない週末、シモキタが地下に潜ってから初めて通ったんでちょっと寄り道。


3月下旬に地下化された下北沢の駅、現状は複々線化している訳ではなく、B3Fにある将来の急行線を利用しての暫定開業。完成系では急行線がB3F、緩行線がB2F、入口が1Fで井の頭線が2Fと言う事になります。シールドマシンの断面が残ったチューブ状の壁面は今や珍しくないですけど、子供の頃千代田線の国会議事堂前駅を通るたびに「なんでこの駅だけ壁が丸いんだろ?」と思った記憶があります。


ここがB3Fだとすると地下20mくらいにはなるんすかね。高架の梅ヶ丘から一気に下り、世田谷代田~下北沢~東北沢を経由して再び高架の代々木上原に至る訳ですが、駅を出ると上原に向けてシールドトンネルの向こうは結構な急勾配。無機質な幾何学模様の中を登って行く急行新宿行8000系。


B2F。将来はここを緩行線が走るらしい。でも緩行線の運用に4000系の10連ってあまり入らんのじゃないか?


B3Fのホームから、エスカレーター2回とエレベーター1回で井の頭線ホームに到達。さすがに以前より随分と遠くなったなあと思うのだけど、地下化になって変わるかと思われた小田急=井の頭線間の改札は未だに省略されている。乗換口に自動改札を設けるようなスペースもないのかもしれないが、もはや今さら改札を作っても混乱しか招かないと言う政治判断なのでしょうな。そーいや相鉄との乗り換え駅である大和も乗換改札がないのだが、小田急はそのあたり結構ゆるいのかしら。バイトの時たまーにラッチで座ってると「横浜から130円」とかのキップで乗り越して来る客がいるんで計算がめんどっちかった記憶w今はPASMO時代だからそんな心配もないのかな。

朝のラッシュ時は鬼のように混雑した井の頭線の渋谷寄り連絡通路は、閉鎖されていました。
この木造の通路を降りて行くと、箱根そばのツユの匂いがプーンとして、左右に小田急線のホームが見えて来る。そこが一番シモキタの駅らしい風景だったな。街から一段下がったような場所にあるウナギの寝床のような狭い狭いシモキタのホーム、混雑を避けて小田原方に逃げると、ホーム横からトタン塀の「旅館かたばみ」の文字が見えたものだ。
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あの頃を探して

2013年04月14日 21時50分15秒 | いすみ鉄道

(急行そと房 キハ28+52@いすみ鉄道大多喜駅)

週末あるからには、趣味に生きることこそ楽しけれ。先週に引き続いての土日行脚は、最近故あって週末の息子の管理を一任されている事による。まあ家で家事に勤しみ遊んであげるのもいいんだけれど、家にいてもつまんないっしょ。と言うか最近週末はどっか連れてってくれるんだよね?的な感覚を覚えているようで、気のせいか土日は目覚めが早い我が息子。そんなトコまで親に似るとはカワイイ奴め、でもそう期待されてしまうとネタを仕込むのにも苦労する(笑)。クルマに乗せてやればゴキゲン、カーステレオでももクロをかけてあげればゴキゲン、電車が見れたらもっとゴキゲン。そんな子供をダシにして、ヨメ公認の日帰り旅行。今日は房総ローカル昭和の旅、キハ52に続きキハ28をぶっ込んだヲタによるヲタのための鉄道(誉めてます)・いすみ鉄道の旅。


ちょっと小湊を冷やかしてから大多喜に着いたのが午前11時。キハ28+52の編成で運行されるスジで大多喜11:30(103D普通)→上総中野11:52=12:13(104D急行そと房2号)→大原13:20=13:52(105D急行そと房3号)→大多喜14:29と回って来ました。中野まではキハ52、大原までは指定券取ってキハ28、帰りの大多喜まではキハ52とそれぞれ平等に乗り比べ。大きく窓を開けて房総の里山を眺める不肖我が息子。感想を聞いたら「きもちい~ね~!」だって。

  

上総中野で折り返す急行は小湊鉄道との接続を受けて発車。普通列車から急行に種別が変わるのでサボ交換のシーンなんかも見られたりして…以前は接続駅にも関わらずまーったく利便性のないダイヤでお互い我関せずを貫いていた小湊&いすみの両社も、ここへ来て「房総半島横断のローカル線」としてのアイデンティティを共通項に連携が取れて来てる感じはしますね。それにしても上総中野で相まみえる国鉄型気動車と国鉄キハ20系列をモチーフにした小湊のキハ200の並びは、全国のボロキハファンが座りションベンしてもおかしくない垂涎のシーンなのではないでしょうか(笑)。


急行運用では指定席になるキハ28の車内。高山本線の富山口で最後の最後まで粘っていた車両をJR西の松任工場でリフォームして投入されておりますので、きれいなモケットに張り替えられたクロスシートの明るい車内でございます。子供と差し向かいで座るボックス席、ボックス席に座ると何か食べたくなるのは習性みたいなもんで、乗車する前に大多喜の駅で子供用に買っておいた「い鉄揚げ(ソース味)」を二人でポリポリ。


大多喜から急行に化けて最初の停車駅国吉。元々急行って言っても先を急ぐ性質の類ではなく、旧型気動車を使用したジョイフルトレインみたいなもんですからここで列車交換を兼ねて10分間の停車。乗客の撮影タイムもしっかり取って、駅に併設された物販ブースでお弁当買って…と極めていすみ鉄道ペースで物事は進んで行くのであります(笑)。


「昭和の気動車急行の旅」をコンセプトにしてるので、国吉駅ではこんな感じのサービスもあったり(笑)。もちろん現状タブレットで閉塞してる訳ではないのであくまでアトラクションの扱いなんですが、こう言う徹底したマニア受けを貫く事によって、物見遊山な一般の観光客の興味も引くってもんなんでしょうね。どうせなら「急行砂丘」みたいに通過駅でタブレット投げちゃえよ!同じキハ28だしな。

   

コンセプチュアルなコダワリその2。いすみ鉄道社長氏のコレクションだと言う車内の中づり広告。みんな国鉄時代のもの。さすがにアタクシ的にも懐かしいとか言う前のモノだけにほう…と言うしかないのだが(笑)、樽沢トンネルを抜ける「特急白根」の広告とかカッコイイですなあ。上原謙と高峰三枝子のフルムーンパスってのも渋い!似たような商品でナイスミディパスってのもあったと思うのだが今どうなっているのでしょう。


国吉駅で買った弁当を子供と食いながら、そんなこんなで上総中野から1時間の旅は全く退屈することなく大原駅に到着。ほとんどの客が折り返しの急行に乗って戻って行くようで、外房線への波及効果は限定的のようです(笑)。まあいすみ鉄道の場合観光目的でアクセスするならほとんどが車で大多喜にジカ付けだろうからなあ。来週には圏央道も東金まで開通するし、そうなると市原鶴舞ICから大多喜までは車で30分くらいだもんね。

 

返しの国吉駅ではキハ52側のエンドをじっくりと。米坂線のキハ52は乗った事あるけど、このキハ52125は糸魚川にいた大糸線の残党です。JR東のキハ52シリーズはみんなミャンマーかどっかに再輸出されたんだっけね。翼を広げたような独特のヘッドマークは、昭和40年代の房総地区の気動車急行に付けられていたものをそのまま復刻したんだそうな。大糸線で単行ワンマンの運用だった両運車のキハ52に片運車のキハ28をくっつけたこのデコボコ感は、ある意味高度経済成長時代に赤字にあえいでロクな設備投資も出来なかった国鉄のやりくり算段的な雰囲気があります。

 

大多喜駅で下車した後は、車で西畑駅周辺まで追っ掛けて行って撮影してみました。早場米の産地である房総半島は、桜が終わったと同時に田んぼには水を入れて田植えの準備に入ります。そんな里山の優しい風景にマッチしたデコボココンビのゴーニーニッパの2連が、エンジン音も高らかに西畑の里を往く。鬱蒼とした森も、芽吹きの若葉にいくらか明るい雰囲気。そんな若葉の森をかき分けて顔を出すキハ28の表情…平成も25年になると言うのに、こんな光景が見られるなんてねえ。

正直昭和40年代を知らないアタクシですが、「初めて見るのに懐かしい」ってのはこう言う事なのか。
素直にいすみ鉄道の「国鉄型気動車を利用したブランディング力」に敬服なのであります。
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