(いざ信州の鎌倉へ@別所温泉駅)
別所温泉駅にて夜撮。瀟洒なレトロ駅舎に「カネモト味噌・醤油」のレトロな看板。このフォトジェニックな風景、いかにも地方の中小ローカル私鉄の終着駅としてお手本のような設え。よく夏シーズンになると鉄道旅行系のムック本が発行されますけど、別所温泉の駅ってそういう雑誌の見開きを飾りがちな印象があったりする。かくいう私も、初めて青春18きっぷを買った時、日帰り旅行で来たのがここ別所温泉の駅だったなあ。
駅のホームに残る旧式の駅名票と駅長室の看板。別所温泉への日帰り旅行は確か高校一年生の時、新橋のチケットショップでバラ売りの18きっぷを2枚買って、友人と来たんだっけかな。朝一に地元の駅を出て、立川~小淵沢~小諸~上田~別所温泉。帰りは上田~軽井沢~横川~高崎~拝島~立川だった。横軽を通る普通列車の本数が少ないので、軽井沢から高崎まで仕方なく特急に乗った記憶がある。特に何をする訳でもなくひたすら列車に揺られるだけの旅だったのだけど、今思えば在来線の碓氷峠を越えられただけでも贅沢な旅でしたよね。
3月の全通を祝って、地元塩田中学校生から送られた寄せ書き。このような地元の声を地道に拾い上げ後押しにして、復旧にこぎつけた別所線。遅い時間の別所温泉の駅には湯客の姿もなく、静かに佇む駅舎の中で鉄路に寄せた人々の思いをしっかりと受け取りつつ時間を過ごします。個人的には改札横にあった上田のタワレコが出した「UEDA CITY’S LIFELINE!」の意見広告がオシャレでいいなって思いました。いつもの「NO MUSIC NO LIFE!」のノリじゃないのね。
丸窓電車から、東急5000系アオガエル、そしてステンレスの7200系、現在の1000系と変遷してきた上田電鉄の車両たち。時は流れ、行き交う車両は変わっても、駅の雰囲気はあまり変わっていません。古式ゆかしきホームが、今もこうして別所の温泉街の坂下で、湯客を待ち続けています。正直なところ度重なる緊急事態宣言発令で、別所温泉のみならず日本各地の温泉街は商売あがったりなんだろうけど、こんな状態が一年を超えてしまうと、中小零細の旅館や土産物屋は経営体力というよりも経営者のマインドが冷え切ってしまいそうでね。そうなると、「辞められるうちにきれいに辞めたい」みたいな感情が先走ってしまって、コロナ明けたら何も残ってなかった・・・みたいな事になりかねないのが心配ではあります。
別所温泉は別名「七苦離の湯」と言われ、古く枕草子にも記されていた名湯。
疫病の御世を洗い流してくれる事を願って。