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(カブリツキパラダイス@京急800型車内)
全長18m、3扉車が基本形態の京急電車。たいていの車両には運転台と1枚目の扉の間に2人掛けの小さなベンチシートがあって、ここが20m、4扉車がデフォの他の大手私鉄にはないお楽しみスペース。タッパの足りない小さな子供連れでも悠々と前面展望が楽しめる。昼下がりの閑散とした車内で、ここだけが子供の声で賑やかなカブリツキパラダイス。
京急鶴見駅で快特とエア急を退避する800型ダルマ。線内の普通車ではお馴染みのクルマでもある。あ、そーいや「普通車」っつー言い方って京急独特ですよね。職場に京急で通って来る若い女の子(当然非鉄)が「今日はいつもの普通車に乗り遅れたんで特急で来ました」って会話を聞いてちょっと違和感を覚えてしまったのだが(笑)。小田急沿線の文化では全部の駅に停まる列車は「各停(各駅停車)」なんだよな。まーその子は浦賀生まれの生粋の京急っ子なんで…駅のホーム放送でも「普通車品川行き、ドア閉めま~す 前方ヨシ・側面ヨシ」なんて言ってますからねえ。
今日は曇りベースではあったけど、最近の冷え込みに比べれば随分と暖かい日でありました。京急川崎で子供に「どれみふぁのでんしゃのりたい」と申されたので要請に基づき何本か待ってみたのですがスカ…シーメンス車も少なくなりましたなあ。アテが外れた男性陣、今度は女性陣の要請に基づき羽田空港方面へ。蒲田から空港方面は京成電車も混じって来るので、子供的にも新鮮みたいですね。
空港のデッキから第二ターミナルを。ANA系列の駐機エリアなんで青い飛行機を無為に眺める。見渡す限りのANA・ANA・ANA…ふいに阿部幸太郎の事を思い出してしまった。ANA党専科とか言われてクスッと来る人は90年代千葉テレビとかTVKで競馬中継ばっか見ていた人間確定ですw
ヒコーキ関係には全く疎いのだが、駐機場の中でも一際目立っていたのが全日空の旧塗装機。機体上部のブルーのラインから「モヒカンスタイル」と言われていたそうだが、子供の頃父親がこの機体色に塗られたロッキードのトライスター(古っ!)のミニチュアモデルを出張土産にくれたのを今でも覚えている。「ALL NIPPON AIRWAYS」のロゴも懐かしいね。2009年に就航して、この塗装で飛ぶのは今期いっぱいみたいです。テツだけじゃなくて、ヒコーキもリバイバル塗装ブームなんですかねえ。離陸シーンも撮ってみたが、長いタマで動くものを追っかけるような撮り方は撮り慣れてないから難しいわ。周りを見ると500mmの長玉を振り回す職人が一杯。NikonのD4に一脚付けてNikkorの500mmVRとか振り回してる若い兄ちゃん、そんなカネあるんだったら俺にくれよ!w
しっかしヒコーキなんて2年前の秋に富山に行って以来乗ってないですなあ。千葉方面に住んでれば成田発着のLCCとか使って旅行に行ってもいいのかもしれないけど。早割とかバリバリ使って日帰りで帯広だ若松だ行ってた頃が懐かしいですねえ。まあ贔屓にしてたのが日本エアシステムって時点で遠い昔の話だがな。でも、JASのB777-200レインボーセブンは普通席でも全席モニター付きの名機だったんだよ。ドル箱の千歳便とかでもMD-81みたいなクソ狭い機材を突っ込む会社でもあったけどな(笑)。
ひとしきりヒコーキを眺め、昼食を済まし、下の子のオムツを替えて、食事をさせて…とこういう細々とした事をするのに羽田空港って設備が整ってるから便利だよなあ。これがヨメさんが羽田空港方面に行きたがった理由の一つなんだが、親子鉄をするのにも見る場所におけるアメニティ設備の充実と言うのは重要なポイントです。しかし下の子は一応(?)女の子なんだけど、アニキの趣味に引っ張られて過ごしているとやっぱり鉄子方面に行っちゃうの???と言う心配をよそにアニキ(笑)は「こんどはなにのってかえる?」と言うので帰りはモノレールに乗せてやる事に。一応ヨメさんには羽田空港限定の美味しいスイーツ(笑)をお土産に持たせて東京モノレール、君も僕ものれーる。
空港第二ビル→国際線ターミナルの2駅分をモノレールで移動。駅の暖かい待合室からモノレールを眺められるスペースがあったのでここで暫し駅撮りしていく事に。日立アルウェグ式(跨座式)VS三菱サフェージュ式(懸垂式)と言う図式の日本のモノレール市場ですが、アルウェグ式の代表がこの東京モノレールですね。当初は日立資本でしたが、現在は売却されてJR東日本グループの一員。ちなみに三菱サフェージュ式の代表が湘南モノレールですが、あれは沿線にある三菱電機の鎌倉工場がサフェージュ式の実験線的な意味合いで建設した一面もあるんだとか。
東京モノレールも今月から歴代の全塗装を復活させ、ヒストリートレインと銘打って走らせているそうで…まあちょっとこのネタを小耳に挟んだからこそ息子の依頼に応じたとも言えるのだが(笑)。今日は500型塗装の紅白のカラーリングを纏った1000型が運用に就いてましたね。運行初日は浜松町から歴代の色を10時発の列車から続行で全部出しすると言うパレード形式のイベントをやったんだそうで、なかなか凝った演出。秩父の旧101系とか富士急の1000型とかでもやればいいのにねえ。
モノレールと言えば、我が地元の向ケ丘遊園にも遊園駅から遊園地を結ぶ短いモノレールが走っておりました。あれは跨座式の亜種であるロッキード式だったか。ゴムタイヤのアルウェグ式と違ってロッキード式は鉄の車輪で走るもんだから、2両編成の小さなモノレールがそれはもうとんでもない轟音を立てて遊園のダイエー前の空中を走り抜けていたものだ(笑)。ロッキード式なんて言われると、航空技術とモノレールの技術ってのにも何らかの共通性があったのかなかったのか。
ちなみに大学の小田急バイト時代、平日の遊園駅モノレール改札の日勤業務と言うのがありまして、狭い小屋の中での一人勤務と言う条件で、まあ客が全く来ないからとにかく何もやる事がない(笑)。人生であれほど黙って時計を見続けるだけのヒマな時間を過ごしたことはねえよって感じでねえ。なんかあそこにいると、余りにも誰からも声かけられなくて、自分の存在が消えて行くような気がするほどだったからなあ…何もしないことがこんなに苦痛である事を知ったと言う上では得難い経験だったんだけど、遊園管内で言えば「G1時の競馬対応の登戸駅よりも 寒いホームの朝勤よりも もっと哀れなのは 忘れられたモノ日勤です」って感じで、何ともマリー・ローランサン的なw
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国際線ターミナルから京急で蒲田に戻り、「どれみふぁでんしゃ」を再度待ってみたのだがやっぱりスカ…2100は来たんだが、とっくにシーメンスのVVVFが取っ払われた2101Fではなあ。去年内装もフルレストアされてるんで乗ってる分にはいいんだけど。トップナンバー編成なんだし、けいきゅんマーク付けるくらいならシーメンスのインバーターを残しといて欲しかったぜ(保存車的な意味合いで)。