(夏の秘湯へ@富山県氷見市神代)
地鉄電車を黒部付近まで追いかけましたが、この日の富山は気温35℃を超える猛暑。直射日光を浴びながらの撮影は、おそらく確実にそれ以上の温度になっていることもあり、非常に体力を消耗します。クルマのエアコンも強めに付けていたんですが、正直このまま撮影を続けるのは体力的にも限界。と言う訳で、日が傾くまでは温泉にでも入って休憩することに。地鉄沿線の温泉・・・というと、個人的には食塩強めの白濁の硫黄泉が青森のさんない温泉を彷彿とさせる、「北陸のさんない(個人的命名)」こと魚津の金太郎温泉が大好きなんですが、たまにはご新規を開拓しようと思い魚津ICから北陸道で大きくワープ。小杉ICより国道8号線に戻り、高岡市街から向かうは氷見方面。折しもこの時期高岡の街は七夕で、あわよくば温泉帰りに万葉線と七夕の風景を写真に・・・なんて気持ちもあったのだけど、TL諸兄からの情報で、万葉線は土日に関しては夕方~夜間に七夕区間の運行はしないのだとか。安全面を考えるとやむを得ないのかもしれないけど、観光客を呼び込むならむしろ運行していた方がいいのでは・・・?と思わなくもない。ちょっと肩透かしを食らった気分で、クルマを能登半島の付け根の丘陵地帯へ進めて行く。田んぼの傍らに立つ「神代温泉→」の立て看板。目的地は、もうすぐ。
街道筋から外れ、里山の谷戸に広がる道を田んぼに沿って詰めて行くと、やがて谷は狭まり、そして道も狭まり、ここからは峠へのか細い道が続いて行く。その傍らに佇む一軒の温泉宿。ここが氷見の秘湯・神代(こうじろ)温泉。山を背にした好ましいロケーションは、いかにも歴史のある温泉場という感じの、使い込まれた素朴な佇まい。庭先に農機具や肥料の袋なんかが雑然と置かれているのもいいですね。長年それなりに温泉を巡って来た感想としては、こういう飾り気のない雰囲気は「アリ」です。お湯が良ければ外見に拘らずとも客は来るので。
神代温泉の帳場。一浴を乞おうと呼びかけるが、番台代わりの小部屋には誰もおらず。館内に入ってそれなりに大きな声を出しても何も反応がない。よく見ると、帳場の窓口に置かれた籐のカゴの底には「湯銭はここに入れてください」と書かれた紙が入っていた。ああ、田舎の温泉場にありがちな「窓口に誰もいない場合は湯銭を置いて勝手に入って良い」という、そーいうタイプね。理解した。と思ったらちょうど細かいのがない。まあ、温泉の人が戻ってきたらお釣りをもらえばいいか・・・というノリで千円札一枚をカゴに入れて失礼する。おじゃまいたします。
帳場を入って左奥へ、軋む廊下を突き辺りまで進むと男女別の暖簾がかかっていて、男女別の浴場があった。建物がかしいでいるのか、浴室のドアは閉まることなく開けっ放しの脱衣場でいそいそと身なりをほどき、温泉とご対面。内湯一つのプリミティブな作りながら、岩で組んだ浴槽はたっぷり広めで、そこに武骨な塩ビパイプからやや黄土色然とした湯がなみなみとかけ流されて、溢れた湯は誰もいない浴場の床を滔々と流れ去って行く。そこそこ熱めのピリリとした肌感があって、そして赤錆びたような土臭さと鉄臭さ。口に含めば強い塩味と炭酸味が感じられるところは、只見川沿いの奥会津の温泉のニュアンスに近い。塩分強めの温泉は、夏に入るには少し温まりが強すぎて、2~3分でも入れば体中から汗が吹き出しては浴槽の淵でふうふう言っていると、浴場の戸が開いて常連さんと思しきおじさんが一人。こんちわ。お先です・・・と挨拶をしながらとりとめのない話。
常連さんいわく、ここのお湯はもともと石油や天然ガスを採取するために掘削されたものであること。お湯は注がれる時は透明だが、浴槽に入るとだんだんと色がついて行くこと。温泉の色がタオルに染みてしまうから、白いタオルは向かないこと。正月の能登地震以降から、お湯の量が増えたこと。帳場の女将さんはよくいなくなること。畑にでも行ってるんじゃないかということ。おカネだけ置いて入っちゃって構わないこと。昔は男女の仕切りも低く、実際は混浴みたいなものだったこと。そして、常連さんの一言一言に、この温泉に対する揺るぎない信頼と愛着が感じられたこと。ちなみに、「見慣れねえ神奈川県のナンバーのクルマが止まってたからびっくりしちゃったヨ、よくこんなところ知ってるねえ!」とのことで、そこは驚かせて申し訳ないです(笑)。
常連さんとかわるがわる、浸かったり出たりを繰り返しては、最後は火照った体に上がり湯代わりのカランの冷たい水をザッとかぶって湯屋を辞す。体を拭いて番台に戻ってきたら、女将さんが帳場に戻って来ていた。「すみませんねェ、暑くて、誰も来ないし奥の部屋行って休んでましたヮ」「せっかく遠くからおいでなさったのに、お湯のご案内も出来なくて・・・」と恐縮することしきり。まあ、割とこの手のことはどこの温泉場でもあるので、「そういうのあんまり気にしない方なので大丈夫ですよ・・・」なんて答えながらロビーの冷たい水を貰い色々話すと、やはり話題は正月の能登地震の話になった。氷見の山間部にあるこの温泉でも、2階の部屋の壁が落ちたり、瓦がやられたり、そして水道が来なくて結局2ヶ月近い休業を余儀なくされたそうな。氷見市街地の水道被害が長期化する中で、生活インフラとしてここのお風呂の再開が近郷近在の人々から望まれていたそうで、氷見市内の人たちだけでなく、能登半島方面にボランティアへ向かう人たちも、行き帰りにこの温泉に立ち寄っていかれますねェ・・・なんて話も。能登地震の発災から8ヶ月。能登方面はまだ倒壊家屋の片づけに四苦八苦している状態だそうだが、一番のネックは業者の人が少ない&被災地に復興に携わる業者が滞在できる施設が少ないということで、高岡市内あたりに宿を取って輪島の復興へ向かっている業者もいるのだとか。今回の富山行、さすがに能登の被災地まで足を踏み入れることはしなかったのだけど、流石にここまでくるとそれなりにリアルな話である。
「今日は氷見の港で花火なんです。よろしかったら」とお話しされる女将さんに、一浴の感謝と別れを告げて神代温泉を後にする。道すがらに見える里山の一部に、そこだけズルリと剥けたように植生がなぎ倒され、黄土色の山肌が見えているところがあった。おそらくがけ崩れの跡がそのままになっているのだろうな。地震の爪痕はまだ生々しく、氷見の里山に残っていました。