(だれもいないせせらぎ@西武池袋線・東吾野~武蔵横手間)
7月の上信電鉄遠征以降、新型コロナ感染者数の拡大に伴い、特にどこにも行かない無為な夏が過ぎて行きます。子供と一緒に過ごす夏休みですが、エアコンの中で結局何もしなかったし、させてもあげられなかった。そういう後悔だけが残っています。最近、世間が辺て自粛して引きこもってるせいか、個人個人がそれぞれ好きだった趣味にすらなんの気持ちも動かなくなってて、抜け殻みたいになっていませんかね。あんだけ好きだった旅行、あんだけ好きだったゴルフ、釣り、あんだけ好きだった観劇、コンサート・・・いつの間にか、自粛しているうちに関心すら薄れてやしませんかい?と。この手の「趣味」ってもんはさ、別に人間やんなきゃやんないで次第にそこに順応してしまうというか、いつの間にか熱意が失われて「なんでこんなこと好きだったんだろう?」って思ってしまうもんなんですよね。世の中がこの疫病の災禍に包まれてかれこれ1年半になる訳ですが、そういう趣味に対する色気みたいなものが無くなっちゃったら、人間として生きていく豊かさが確実に褪せてしまうじゃないですか。こういう「趣味の喪失、意欲の減退、苛まれる空虚感」みたいなものも、コロナによる健康被害みたいなものだなあと思うんだけど・・・最近さ、休みに出掛けないし、飲みにも行かないし、平日も外食しないし、カメラを持たないから機材も買わないので、カネを使わないんですよね(笑)。先月なんか、正直小遣いが余っちゃったしさ(笑)。それだけでも未曽有の事態って事なんだけど。まあね、弊社いわゆる休業要請とかテレワークとか一切無縁の職業なので、今んトコ前と同じだけ給料が支払われているから呑気なことが言えるというのもある。職を失ったり働く場所が狭まったりしている人もいる中では、そこは有り難いことだとは思うのだけどね。
ともかく、自粛して家のテレビで暗いニュースばかり見ているくらいなら、あまり気乗りはしなくてもたまにはカメラ触ったり軽く乗り鉄したり・・・(もちろんマスクをするなりワクチン打つなり感染対策はちゃんとした上ですが)自分を保つためのリハビリは必要かなと思うんですよね。さすがにここまで全世界に広まってしまったらもうコロナウイルスは滅亡しないんだろうし、さりとてこのままコロナに怯えて死ぬまで暮らして行く事なんてまっぴらごめんだし。部屋に籠って感染に怯えて生きていく、それって意味のある人生なのか?と問われれば、大手を振って「自粛反対!コロナはただの風邪!医療従事者は全員コロナ患者を診ろ!」とまでは言わんけども、結局ある程度「コロナは怖い」を前提としつつも、自分なりの線引きをしてリスクテイクしつつメンタルを維持する方法を見付けないと、と思うのです。為政者は「不要不急はやめてください」と言われるが、個人個人の何が不要不急かなんて、誰も分かんないんだからさ。
誰もいない高麗川のせせらぎで、流れに素足を浸してカメラを持った。
密とは無縁の撮影スタイル、このくらいはいいでしょうというささやかな自粛レジスタンス。
通り抜ける30000系、荒み切ったコロナの御世に、スマイルを。