澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

「イージーリスニング音楽」と中国

2008年07月26日 14時49分06秒 | 音楽・映画

中国で言う「イージーリスニング音楽の世界三大オーケストラ」とは何だろうか?


最近、「ヒストリー・チャンネル」で放送された「毛沢東」(Arte France フランス制作 2006年)を見ていたら、90歳を超えた元・紅軍(共産党軍)兵士が、長征の想い出を語った。英雄的な物語を語るのかと思っていたら、「紅軍は辛い体験だった。多くの人が逃げ出そうとしたが、見せしめのため直ちに射殺された」と語っていた。

ちょっと前だったら、こういう本音の発言は「革命神話」を冒涜するものとして絶対に許されなかっただろう。その意味では、中国社会が開かれつつある証拠だと実感した。


1949年の「中華人民共和国」の建国、1958年の「大躍進」の開始、1966年から10数年間に渡った「プロレタリア文化大革命」というように、中国大陸は常に政治の暴風が吹き荒れた。音楽はただ共産党を賛美するためにのみ許された時期も長く続いた。クラシック音楽さえ「ブルジョア音楽」と断罪されたこともあり、「イージーリスニング音楽」「ムード音楽」などが聴かれる余地は全くなかった。


1958年には米国でステレオ・レコードが発売され、欧米諸国ではLP・ブームが起きた。居間でくつろぎながら聴く音楽として、「ムード音楽」はぴったりだったので、マントヴァーニなどのアルバム(LP)が大ヒットした。それ以降、1980年代、CDが登場するまで、LPレコードは、音楽の主要メディアであり続けた。


しかし、この時代の中国では、あらゆる西側音楽を聴くことが禁じられていた。
1980年代半ばになって、ようやく「イージーリスニング」などの音楽を聴くことが可能となったのだ。政治や教養とは無関係の「イージーリスニング音楽」を聴くことが、個人のささやかな楽しみだとすれば、それが可能となった時代は、好ましいと言うべきだろう。


1950年代から80年代半ばまで政治闘争に明け暮れた中国には、西側音楽の蓄積、共有体験が全くない。西側音楽が流入したあとは、突然、カオス状態に陥り、中国人の音楽理解は、彼ら独自のご都合主義的なものとなった。


そこで、上記の「3大オーケストラ」の正解だが、それはつぎのとおり。

①ポール・モーリア楽団
②マントヴァーニ楽団
③ジェームス・ラスト楽団


何か変だなと感じるのは、私だけだろうか?