【かつて蒐集した蝶の標本】
何気なく本棚から「幽霊」を取り出した。冒頭の文章がなんと言っても素晴らしく、青春のころに鉛筆で無造作に引いた傍線部分をときどき読んでいた。その部分はいつかそらんじてしまった。最近、しばらく傍らに置き、何度目かになるが読了した。
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[幽霊ー或る幼年と青春の物語ー]
第1章
人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。 ― だが、あのおぼろげな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕(かいこ)が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。
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書棚には他にずらりと北杜夫の作品が並んでいる。
「少年」「楡家の人々」「青年茂吉」「壮年茂吉」「茂吉彷徨」「茂吉晩年」「或る青春の日記」「羽蟻のいる丘」「マンボウ追想記」「マンボウ博士と怪盗マブゼ」「この父にして」「どくとるマンボウ航海記」「夜と霧の隅で」「どくとるマンボウ昆虫記」等々。実によく読んだものだ。一冊一冊を静かに開くと、懐かしい昔がよみがえってきた。
北杜夫は大好きな作家だった。あの一文一文の素晴らしい文体、ユーモアあふれる文章に魅了される。「楡家の人々」や、すり切れるほどに読んだ文庫の「昆虫記」は特別懐かしい。
小生、蝶を求めて信州へ進学、青春をチョウと共に過ごした。彼の文章に散見する昆虫たちとのふれ合いは、自分の体験と重なり信州での青春の一コマが思い浮かんでくる。
彼の旧制松本高校時代の面影を求めたり、山形に歌人茂吉の歌碑を訪ねたりしてきた。 もう一度、北杜夫作品を楽しみたいと思っている。
何気なく本棚から「幽霊」を取り出した。冒頭の文章がなんと言っても素晴らしく、青春のころに鉛筆で無造作に引いた傍線部分をときどき読んでいた。その部分はいつかそらんじてしまった。最近、しばらく傍らに置き、何度目かになるが読了した。
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[幽霊ー或る幼年と青春の物語ー]
第1章
人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。 ― だが、あのおぼろげな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕(かいこ)が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。
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書棚には他にずらりと北杜夫の作品が並んでいる。
「少年」「楡家の人々」「青年茂吉」「壮年茂吉」「茂吉彷徨」「茂吉晩年」「或る青春の日記」「羽蟻のいる丘」「マンボウ追想記」「マンボウ博士と怪盗マブゼ」「この父にして」「どくとるマンボウ航海記」「夜と霧の隅で」「どくとるマンボウ昆虫記」等々。実によく読んだものだ。一冊一冊を静かに開くと、懐かしい昔がよみがえってきた。
北杜夫は大好きな作家だった。あの一文一文の素晴らしい文体、ユーモアあふれる文章に魅了される。「楡家の人々」や、すり切れるほどに読んだ文庫の「昆虫記」は特別懐かしい。
小生、蝶を求めて信州へ進学、青春をチョウと共に過ごした。彼の文章に散見する昆虫たちとのふれ合いは、自分の体験と重なり信州での青春の一コマが思い浮かんでくる。
彼の旧制松本高校時代の面影を求めたり、山形に歌人茂吉の歌碑を訪ねたりしてきた。 もう一度、北杜夫作品を楽しみたいと思っている。
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