年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

日本郵船社内報2006年3月号より

2007年05月13日 | 福神漬
日本郵船社内報2006年3月号より
カレーライスについているの福神漬けですが、日本郵船が運航する客船上で考案されたといわれています。福神漬は明治19年に創製され、日本郵船は明治18年からです。どの様な結びつきがあったのでしょうか。単純に考えれば「御用船」として徴発された郵船の船舶が日清・日露の両戦役に使われ、軍需物資の中に福神漬があり、そのまま平時になっても管理のしやすい漬物として積まれたのではないだろうか。
 郵船と福神漬はもう少し調べる必要がある。5月7日にリニューアルした千代田区立図書館は設備も新しく居心地よい。ただし前の方が北の丸公園が眼下にあって景色が良かった。
 明治45年1月28日の東京朝日新聞には「婦人専用電車」と記事がありその内容が面白かった。当時の悪い男共が「花電車」と呼んで東京市内各所から同一時間に乗車する女学生に混雑に紛れて触れようとする行為をするので乃木学習院校長等が憤慨していたとか、女性の乗客が減ってしまうので明治45年1月31日より「女性専用電車」を混雑する時間に走らすという記事があった。二両連結して一両は婦人用とのことである。ここで気が付いたのは「べったら市」が市電の発達で人気出たのはこんな理由もあったかもしれない。混雑した電車内で「べったら・べったら」といって振り回すくらいだから。
コメント
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