年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

宇都宮市立図書館

2012年02月25日 | 福神漬
東武線浅草より南宇都宮駅へ向かう。明治の新聞で『絵入自由新聞』というのがある。関東地方でマイクロフィルムに入っているのを見る事ができるのが数か所ある。東京は国会図書館と東京大学だけである。千葉に一か所で残りは宇都宮の二か所の図書館となる。栃木県立図書館は改修中で残るのが宇都宮市立図書館となる。横浜にある新聞博物館には所蔵されていない。何か理由があるのだろうかということを感じるために宇都宮に向かう。
 浅草から竹ノ塚行き各駅停車に乗り、ふた駅目の曳舟で乗り換える。一駅目の名前がもうすぐ駅名が変わる業平駅だ。次に乗ったのが北越谷行きで北千住でまた南栗橋行きに乗り換えた。南栗橋で新栃木行き各駅停車に乗る。途中で快速に乗り換え、栃木駅で宇都宮行きに乗り換えた。どうやら新栃木宇都宮間は単線があって、下車した駅は駅員が改札の前に立っていて、警備しているのかと思っていたら、改札を通らないで駅と反対方向に行く人をチェックしているようだ。
 駅から5分ほどの歩くと公園があって図書館はその中にある。つらつら考えるとここに『絵入自由新聞』がある理由は田中 正造だろう。栃木県令となった三島通庸を暗殺に失敗し、加波山事件が起こった。栃木県の県庁が栃木市から宇都宮市になったのも三島が強行したという。反三島の新聞は絵入自由新聞だった。
 新聞というのは同時代性を感じる。明治16年7月19日から始まった福島事件の高等法院での裁判の記事のところに岩倉具視の葬儀の記事あった。6月末頃には自由党党首板垣退助が後藤象二郎とともに洋行から帰ってきたという記事がある。また改進党と三菱を攻撃しているのもこの時期の絵入自由新聞のトップ記事の内容となっている。
 徹夜の行列でも裁判を傍聴したい人が多いことに驚くとと共に東京で発行していた新聞に公判内容が掲載されていたということは注目されていたということである。裁判は花香恭次郎から始まる。
 花香の福島自由新聞発行趣意書から始まる。NHKの(日本人は何を考えてきたか)第二回で植木枝盛が福島自由新聞趣意書を書いたというが花香だと思う。主筆の植木は新聞の飾りに過ぎない。
 花香恭次郎が福島事件に参加していなければ歴史に残る裁判とならなかっただろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする