ブログ雑記

感じることを、そのままに・・・

藤沢周平 遺された手帳 を読む

2017-12-30 21:16:35 | Weblog
藤沢周平の娘さんの遠藤展子さんが藤沢周平の手帳に書かれた日記をおいながら難しいサラリーマンと小説執筆の二足の草鞋生活でも実直な生き方を変えず小説執筆を続けて、遂に直木賞を受賞し、サラリーマンを辞めて作家になった。作家って才能があれば簡単に作品が書けるのかと思っていたが藤沢周平の遺された手帳を読んで、大変さがよくわかった。そればかりでなく地道な資料の読み込みや絶えず書き続けなければならないプレッシャーに打ち勝つには書く事が好きで好きでたまらない人だったのだと思う。
作者の遠藤展子も父のDNAを受け継いで素晴らしい書き手だった。楽しかった!

"届かなかった手紙”大平一枝著を読む

2017-12-23 11:13:32 | Weblog

本の題名の下に、原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び、とキャッチコピーがあった。原爆開発が何故どのようにして始まったか?そして開発過程とその結果、広島、長崎への投下、開発者の心理などなどこれまで私にとって漠然としていたことがよくわかった。ドキドキしながらページを繰っていた。
原爆開発はナチスの原爆開発を怖れて、アインシュタインがアメリカ大統領へ原爆開発の手紙を書いたと聞いていた。しかし実際にはポーランド系ユダヤ人のレオ・シラードと言う核物理学者が書いた手紙にアインシュタインがサインして出したものだった。原爆開発はポーランド人のニールス・ボーアが核分裂を発見して、レオ・シラードがその実証実験に成功し、イタリア人のエンリコ・フェルミが核分裂制御連鎖反応実験に世界で初めて成功して“原子の火”となって核の制御が可能になった。
大統領のゴーサインを受けて軍の管理下で最高の科学者を総動員して莫大な巨費を投じ何十万人と言う人々を動員して原爆開発に邁進して行った。目的はドイツに先駆けて実現してナチの無謀にとどめを刺すことだった。しかし原爆完成前にドイツは降伏してしまった。そこで本来の目標を変えて執拗に戦いに執着していた日本へ原爆投下でトドメの一撃を与えることになった。そこで原爆開発をアインシュタインの名声を借りて原爆開発を提言したレオ・シラードは今度は原爆使用反対の科学者の署名を集めて軍に送り、無辜の市民を警告もなく殺戮する原子爆弾の使用を中止するよう請願したが大統領に届くことはなかった。この原爆開発は当時の世界で量子物理学の父と言われていたハイゼルブルックを怖れてニールス・ボーアたちが積極的に動いた結果だった、と以前読んだことがある。それにしても何も知らずに命を落とした人々の悔しさや残された者たちの憤りと虚しさは計り知れないものがあると思う。しかしそれを乗り越えて世界平和を目指す被爆地の人々の勇気と寛容の精神が原爆の無い世界の扉をこじ開ける、と確信している。レオ・シラードは原爆開発にかかわった反省から戦後は生涯にわたって原爆の無い世界を作る活動に尽くした。
どうして戦争をして殺し合うのか、殺人兵器を作り出すのか?私には理解できない。

日本の英語、英文学を読む

2017-12-17 11:15:45 | Weblog
外山滋比古さんが書いたものだった。日本の英語、英文学という題名にひかれて図書館の新刊書コーナーで見つけ思わず手に取った。まだ誰も読んでいない真っ新の本だった。毎日英語のミステリー小説を読んでいるから日本の英語、と言う言葉が気になった。日本の英語教育や時代時代の流れなどが分かって面白かった。夏目漱石が英国留学をした時にはまだイギリスに英文学を教える大学がなかった事や漱石が文学論を書いた20年後ぐらいにやっとイギリスで文学論が著されたなど漱石の凄さを再認識させられた。懐かしかったのは朱牟田夏雄さんのサマーセットモームのサミングアップの対訳テキストをかじり読みした事が思い出された事だった。本棚を見たけれど奥さんの断舎離にあって高校時代からの岩波の単行本など山のようにあった本と共に消えていた。それでも別の場所の本棚には”CONCISE“が残っていた。高校入学時先生に中学時代の小さなコンサイスに変えて本当に分厚い辞書”CONCISE“を薦められたものだった。その分厚さにビックリしたのを思い出した。今は大修館のZENIUS G4を相棒にしてボケないようにミステリーものを日に10ページほど読んで楽しんでいる。辞書を読みながら日本語は素晴らしい言葉だとよく思う。

"アウシュビッツの地獄に生きて“を読む

2017-12-13 16:35:18 | Weblog
少し前にアウシュビッツへ列車でユダヤ人を輸送する責任者であったアイヒマンについての本を読んだ。
自分は捕らえられた人々を上部からの指令に従って計画を実行しただけだ、などと言っていた。
とても恐ろしい言い訳だと思った。
今度はファミリーでアウシュビッツへ送り込まれ一人だけ生還したジュディス・s・ニューマンさんの悲惨で、想像を絶する残虐な体験の記録だった。記録映像などで度々目にしている死体や収容施設、死体焼却の煙や炎を噴き出す煙突の映像の只中で必死に生き抜いた記録であった。
恐らく地獄に堕ちても彼女が晒された程のむごたらしさは閻魔大王も実行出来ないのでは、と思わざるをえない。しかし怖ろしい行為を実際に人間がしてきたという事実を絶対に忘れてはいけない!
アウシュビッツのホロコーストについては夜と霧という本を高校時代に読んで、その記録写真を思い出し、誰もいない二階の奥の部屋で一人天井を見ながら輾転を繰り返した夜を思い出して、改めて戦争の悲惨さ、それにも増して人種浄化の傲慢と暴虐はあってはならないと思った。しかし現実の世界では今もなお厳しい状態が続いている。

この本を読みつつ正岡子規の俳句集を口ずさんで、人がたどる人生の運命という道筋の不可解さをつくづく思った。
ガス室へ向かう道すがら神に祈りを捧げている姿、、、、、

ロボットの使い方

2017-12-10 11:21:58 | Weblog
ロボットの開発で一番難しいのは人間と同じ作業をさせようとすることすることにのような気がする。
ネットを見ていると、イギリスの世界的なスーパーの記事で、品物を取り上げて揃える作業の様子が書かれていて、吸盤で吸着しているが思うように出来ないとあった。人間であれば誰でも簡単に出来る作業である。ではどうすれば解消できるのか?それはロボットの動きを人間と同じようにさせようとするのではなく、ロボットはロボットだとハッキリと割り切って考えて、ロボットが行う作業の前段階の品物の包装の方法を考えるのがいいのではないだろうか、と思う。ロボットの役目は人間にとって変わるのではなくて人間がしなくてもいい役目(仕事)をする事で現在自動車各社が競い合っている車の無人運転技術の開発にしても、完全自動化が完成すれば私たちの車の運転の楽しみは無くなってしまう。いくら科学技術が進歩してもロボットは力仕事やルーチンワークそしてデータ処理などを人に代わって行う、人が作って、人が動かす機械である、という事を忘れてはいけない。

画狂其一を読む

2017-12-08 11:13:24 | Weblog
鈴木其一という江戸時代の絵師の本を読んだ。作者は梓澤要という人で主人公も作家も偶々図書館の新刊コーナーで本を手にして初めて知った。光琳派の酒井抱一という姫路城主の次男だった絵師に入門して絵師となった人の物語り。この類のものは殆ど読んことはないのだが面白くて貪るように読んでしまった。人の生き様に惹きつけられたのかも知れない。はてさて自分のこれまでは、、、、、、?もう遅か、、、

ロボットを読む!

2017-12-05 09:05:14 | Weblog
ジョン・ジョーダンという人のロボットという本を読んだ。
そのコピーに職を奪うか、相棒か?と書かれていた。
ロボットは人の職を奪うけれど人を助けてくれる、なくてはならない(いなくてはならない)相棒になるだろうと思う。しかし読んでいて一番気掛かりになったのは戦争に使われる兵器ロボットの進歩だった。
既に自国の兵士の負傷や死亡を避けるために何千キロも離れた地点から無人探査機や爆撃機を操作して、戦争という殺戮行為がテレビゲームでもするように行われているという現実は恐怖以外の何物でもない。
ロボットが空想の世界の時代はロマンがあって、本の書き手も読み手も未来に憧れて、早くそのような時代が来ればいいと思い続けていた。でも現実になってみると果たしてその世界は憧れていたものだったのだろうか?そうではないような気がするのだ。車が無人運転で走り、ロボットが老人と会話してもそれは技術の進歩であって、ロボットが”人の心を持つことは出来ない/strong>