(4月12日、カイロ以内を警備する治安部隊 “flickr”より By *themba* http://www.flickr.com/photos/themba/5616204936/ )
【エジプト政変が、中東不安定化の新たな火種に】
親イスラエル路線をとっていたエジプト・ムバラク政権の崩壊、バーレーンのスンニ派王制に対するシーア派住民の抵抗、それに対するスンニ派サウジアラビア・湾岸諸国の介入とシーア派イランの反発、中東各勢力の結節点ともなっているシリア・アサド政権の動揺、サウジアラビア隣国イエメンのサレハ政権の窮地など、中東・北アフリカの民主化ドミノによって、中東地域のパワー・バランスは大きく変化する可能性が注目されていますが、こうした混乱の中でシーア派を代表する国家でもあるイランの存在が大きくなっています。
ムバラク政権崩壊後のエジプトとイランが急接近しており、エジプトのこれまでの親イスラエル路線が変化するかも・・・という観測がありますが、下記記事はイランの視点からこの動きを見たものです。
****イラン:エジプトに急接近 イスラエル、サウジ反発も*****
今年2月にムバラク政権が崩壊したエジプトに、イランが急接近している。イランは80年以降途絶えた国交の回復に向け、外務省幹部が繰り返しカイロ入りするなど本腰を入れている。これに対し、エジプトと友好関係を維持するイスラエルやサウジアラビアが反発を強めるのは確実だ。中東民主化の動きがもたらしたエジプト政変が、中東不安定化の新たな火種になる可能性が出ている。
国営イラン通信によると、イランのアフマディネジャド大統領は今月4日、エジプトとの関係修復の動きについて「シオニスト政権(イスラエル)を除くすべての国との良好な関係構築に強い関心がある」と述べた。
イラン革命防衛隊系のファルス通信によると、政府は半年以内に、国交断絶以来の駐エジプト大使を指名する意向で、今月18日には国交再開を見据え両国の観光業界による協力協定を結んだ。イランのサレヒ外相は21日、「双方が関係改善を切望している」と強調し、近くカイロを訪問する意向を示した。
イランは、79年のイスラム革命に際しエジプトがパーレビ国王の亡命を受け入れ、イスラエルと平和条約を結んだことに反発し国交を断絶。80年代のイラン・イラク戦争でエジプトがイラクを支援したため対立を深めた。
だが、今年2月にムバラク大統領は退陣に追い込まれ、両国に対立解消の機運が生まれた。エジプト新政権は同月下旬、イラン軍艦のスエズ運河通過をイスラム革命以降初めて認めた。
中東では、「アラブの盟主」とも呼ばれるエジプトやサウジアラビアなどアラブ諸国(体制はイスラム教スンニ派)に対し、ペルシャ人主体のイラン(同シーア派)が対立してきた構図がある。
エジプトのイスラム教スンニ派最高権威タイエブ師は先日、「イランはアラブ諸国に介入すべきでない」と批判した。エジプトでは「反イラン・親イスラエル」という従来の政策を新政権が見直すことに警戒感は根強い。
イラン・エジプト接近に関しては、イスラエルがいら立ちを募らせているほか、現在バーレーン情勢を巡りイランと激しく対立するサウジアラビアも反発を強めそうだ。
イスラエルの大手ニュースサイト「yネット」は、「(イランの脅威に対抗し)イスラエルはサウジアラビアと暫定戦略同盟を結ぶべきだ」との論説を掲載。イランとエジプトの動きをけん制した。【4月25日 毎日】
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【「米国の代理人」から「地域大国」への復帰】
一方、同じ動きをエジプト側から見ると、従来の「米国の代理人」から積極外交を通じた「地域大国」への復帰という思惑が窺えます。
****エジプト:「地域大国」復帰に意欲 対イラン関係修復*****
エジプトにとりイランとの関係修復は、ムバラク前政権が「米国の代理人」と見られて低下した中東での外交的影響力を回復する取り組みの一環だと言える。アラビ外相は最近「すべての重要な外交上の権益を見直し中だ」と発言、積極外交を通じた「地域大国」への復帰に意欲をみせている。
イランとの過度の接近がアラブ諸国の懸念を招くことはエジプト政府も承知で、シャラフ首相の湾岸アラブ諸国歴訪を25日から設定するなど配慮をみせている。
政府系紙アハラム・オンラインによると、エジプト外交当局者は、イランを敵視するサウジアラビアなどの湾岸諸国に「イランとは関係正常化を図っているだけで、戦略的同盟を結ぶつもりはない」と説明したと語った。19日にイラン国営メディアが「イランが30年ぶりに駐エジプト大使を任命」と報じた際も、エジプト外務省は即座に「不正確な報道」と指摘。関係修復をアピールしたいイラン側をけん制した。
エジプトにとり最大の外交懸案の一つは、イスラエル占領地ヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府と、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを和解させ、中東和平実現に貢献することだ。そのためにも、ハマスに強い影響力を持つイランとの関係改善は必要になる。
アラビ外相は、過去にイスラエルのパレスチナ政策を厳しく批判。今月上旬にはハマス代表団とカイロで会談し、自身もガザ訪問を検討中と報じられる。米国の意を受けたムバラク前政権の融和的な対イスラエル政策を転換する意向を持っているとみられる。【4月25日 毎日】
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【パレスチナ国家樹立の承認をめぐる動き】
エジプトが意欲を見せる中東和平に関しては、パレスチナ自治政府が今年9月に国連で被占領地(ヨルダン川西岸とガザ)を国土とする国家樹立の承認を求める戦略を進めており、これを巡る関係国の駆け引きも活発化しています。
****中東和平:主導権争い再び活発化 イスラエル・パレスチナ*****
パレスチナとイスラエルの中東和平問題を巡り、両者の主導権争いが再び活発になってきた。パレスチナ自治政府のアッバス議長は21日、パリでサルコジ仏大統領と会談し、9月に国連総会で国家樹立の承認を求めた場合に賛成するよう要請したとみられる。同議長は先月、英国、デンマーク、ロシアで各国首脳と会談し、来月5日には訪独するなど、支持を求め欧州行脚をしている。これに危機感を強めるイスラエルのネタニヤフ首相は、5月下旬に独自の和平案を発表する見通しだ。
和平交渉はイスラエルの入植活動を巡り昨年9月に途切れた。自治政府は、交渉が再開されなければ今年9月に国連で被占領地(ヨルダン川西岸とガザ)を国土とする国家樹立の承認を求める戦略を進めている。
国連加盟192カ国のうち中東や南米などを中心に100カ国以上が賛成し、承認される見通しだ。
イスラエルが主張する「係争中の領土」でなく「国家」が占領されている実態を明確にすることで、国際的な圧力を高め、交渉を有利な状況で再開するのが主眼。イスラエルに大きな影響力のある欧米の賛成を得ることに力を入れている。
欧州主要国は、国家承認には反対しないとしても時機などについて態度は未定だ。ロイター通信は仏大統領府筋の話として、21日の会談でサルコジ大統領がアッバス議長に「明確な支持」を伝えたと報道。フランスのアロー国連大使も「交渉再開に向け、欧州各国と仏は国家承認を選択肢として検討している」と発言した。しかしメルケル独首相は、現状では国連での承認に反対の姿勢だと報じられている。
ネタニヤフ首相は、国境などは交渉で画定するものと主張し、自治政府を「一方的」と批判。交渉再開に積極的な姿勢を示すことで欧米を味方につける狙いで、5月下旬に米議会で和平案を発表する意向とみられている。中身は明らかでない。
オバマ米大統領も9月までに交渉を再開させたい意向で、たたき台となる和平案を首相よりも先に発表する可能性が取りざたされている。【4月25日 毎日】
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【不安定な状況が続くエジプト国内事情】
イランに話を戻すと、欧米諸国の制裁を受ける包囲網のなかにあって、周辺国への影響力はむしろ増大するようにも見え、なかなかにしたたかな外交を展開しているとも言えます。
エジプトの方は、実権を握る軍と民主化を要求する勢力との関係が緊張しており、まだ不安定な要素を残しています。
****デモ隊・軍本格衝突 エジプト****
軍最高評議会が全権を掌握するエジプトの首都カイロ中心部タハリール広場で9日未明、退陣したムバラク前大統領の訴追を求めるデモ隊に対し、軍や治安当局が催涙弾を撃ち込むなどして強制排除を試み、ロイター通信によると少なくともデモ参加者2人が死亡した。1月25日の反政府デモ発生以来、軍とデモ隊が本格衝突したのは初めて。エジプトでは最近、軍が民主化に消極的だとの不満が強まっており、今後はデモ隊との緊張が高まるのは必至だ。
同広場には9日朝、なおもデモ隊数百人がとどまり、燃やされた軍車両やバスが放置されていた。デモ隊の男性(25)は「軍は実弾を使った。やつらは革命を潰そうとしている」と軍への反感をあらわにした。これに対し、軍側は実弾使用を否定、デモ隊を夜間外出禁止令を無視する「無法者」と非難した。
「浄化の金曜日」と銘打たれた8日のデモには数万人が参加。事実上の最大野党であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の説教師が、ムバラク氏の蟄居(ちっきょ)先である東部シナイ半島の保養地シャルムエルシェイクへのデモを呼びかけるなどしたほか、軍の一部の下級将校が最高評議会議長のタンタウィ陸軍元帥への批判を展開し、「軍の浄化」を訴えていた。
目撃者によると、軍は衝突の混乱の中でデモ隊側にいた複数の将校を拘束したもようだ。
軍は3月、国民投票を通じ大統領選出馬要件の緩和を柱とする憲法改正の承認を実現するなど、民主化に積極的だとの態度をみせてきた。だが、デモを主導する若者グループは「強大な大統領権限の制限に踏み込んでおらず不十分だ」などと反発。軍が旧体制の温存を図っているとの疑念を強めている。【4月10日 産経】
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こうした不安定な状況の中で、軍部は、ムバラク前大統領とその二人の息子の拘束・訴追、ムバラク前政権の与党・国民民主党(NDP)の解党、、ナジフ前首相ら前政権時代の主要閣僚3人の公金不正使用の罪などでの起訴・・・といった形で、国民の不満を抑え内政を安定させようと図っています。