(3月12日、首都サヌア 抗議行動に対する治安部隊の催涙ガスと発砲により負傷した人々が運び込まれたモスク “flickr”より By yemenmujaz http://www.flickr.com/photos/59847790@N05/5532452431/ )
【「三重苦」のサレハ政権をテロ対策で支援】
アラブ最貧国のイエメンでは、国民の約半数が貧困層で失業率は30%を超えるといわれています。
そのイエメンで独裁体制を続けてきたサレハ大統領に対する抗議行動が発生したのはチュニジア政変後の比較的早い段階でした。
****イエメン:大規模な反政府デモ チュニジアから飛び火****
アラビア半島南西部のイエメンで反政府デモが発生し、1月22日には首都サヌアや南部主要都市で学生や野党勢力ら数千人が集まってサレハ大統領の辞任を求めた。21年にわたって同大統領による独裁体制が続くイエメンだが、大統領を名指しした大規模な抗議活動は初めてとみられる。チュニジアでベンアリ前大統領の亡命につながった民衆蜂起が飛び火した形だ。
現地からの報道によると、サヌアでは約2500人のデモ参加者が「アリ(サレハ大統領の名前)よ、友達のベンアリの所に行け」と叫んだ。
イエメンでは、今回の騒乱前から、北部でのイスラム教シーア派の一派ザイド派の反乱や国際テロ組織アルカイダ系団体「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の活動、南部での分離独立運動という「三重苦」に直面してきた。高失業率や大統領周辺の腐敗、地方の開発の遅れなど、国民はチュニジアと同様の環境の中で苦しんでいる。
イエメンはテロ対策で米国の支援も受ける。しかし、掃討作戦で民間人が死亡しており、反米、反政府感情は強い。AQAPは米欧を標的にした爆破テロ未遂事件も起こしており、サレハ体制の動揺は、国際テロの活発化を招く懸念もあり、民主化は「もろ刃の剣」と見る専門家もいる。(後略)【1月23日 毎日】
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【“アメとムチ”によっても事態打開ならず】
サレハ大統領はこれまで、13年の次期大統領選への出馬を断念する意向を表明(2月2日)、すべての行政権限を議会主導の内閣に移行する新憲法案を起草し国民投票にかけること発表(3月10日)、来年1月までの辞任の意向の表明(3月22日)と、抗議行動への譲歩を示していました。
しかし、その一方で、発砲も辞さない強い姿勢で、あくまで大統領の即時辞任を抗議行動を厳しく弾圧してきました。
大統領支持派と抗議行動の衝突、治安部隊の発砲によって犠牲者は日増しに増加しています。
首都サヌアでは3月18日、治安当局がデモ隊に発砲して52人が死亡したと報じられています。
また、神経ガス使用の報道もありました。
***デモ隊に神経ガス? イエメン3人死亡****
サレハ大統領の即時辞任を求める反政府デモが続くイエメンの首都サヌアで12日、治安部隊がデモ隊に発砲し、2人が死亡した。ロイター通信などによると、デモ参加者はけいれんなどして倒れており、神経ガスが含まれていた可能性がある。また南部の港町ムカラでも同日、デモに参加していた15歳の少年が治安部隊に撃たれて死亡した。【3月13日 産経】
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こうした“アメとムチ”によっても即時辞任要求を求める抗議行動は一向に収まらず、軍幹部や政府高官の離反も相次いでいます。
大統領の権力移譲を巡る反体制派との話し合いは行き詰まり、交渉は3月26日には打ち切られました。
サレハ大統領が率いる与党、国民全体会議は3月27日、常任委員会を開き、「大統領は13年の任期切れまで務めるべきだ」と確認、強硬姿勢に転じたとみられています。
その後、大統領側からは暫定政府への権限移譲、野党連合からはハディ副大統領が臨時大統領になって憲法を改正し、国会議員選と大統領選を行うといった提案もなされていますが、事態を打開するには至っていません。
****イエメン大統領が暫定政府への権力移譲を提案、野党は拒否****
イエメンの野党勢力は30日、サレハ大統領が次期大統領選まで現職にとどまることを条件に、暫定政府に権力を移譲するという新たな提案を行ったことを明らかにした。
野党勢力は即座にこの提案を拒否し、同大統領は政権を出来るだけ長く持続させようとしていると非難した。(後略)【3月31日 ロイター】
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****イエメン:野党連合が権力移譲計画 大統領に提出****
反体制デモが続くイエメンで2日、野党連合がサレハ大統領に権力移譲計画を提案した。ハディ副大統領が臨時大統領になって憲法を改正し、国会議員選と大統領選を行うというもの。ロイター通信によると、野党側は、軍部と治安当局を改革して大統領の影響を排除することなどを狙っている。即時辞任を拒否している大統領は反応していない。【4月3日 毎日】
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【アメリカ、サレハ大統領へ退任要求】
こうした経緯を受けて、これまでサレハ大統領批判を控えてきたアメリカも、いよいよサレハ大統領を見限り、退陣要求に転換したことが報じられています。
****イエメン、治安部隊の発砲で多数負傷 米国は退陣要求に転換か****
アリ・アブドラ・サレハ大統領の退陣を求めるデモが続くイエメンで4日、南部タイズ(Taez)で地元政府庁舎に向けて行進するデモ隊に治安部隊が発砲し、医療関係者によると少なくとも15人が死亡、30人以上が負傷した。(中略)
国際人権団体によると、1月末に同国で反政府デモが発生してからの死者数は100人に達する見通しだ。(中略)
イエメンの反体制派は2日、30年にわたって政権の座にあるサレハ大統領に対し、移行期間を設けた上で権限を副大統領に移譲するよう提案。サレハ大統領は3日、これを拒否していた。
■米政府、サレハ大統領に見切りか
ただ、米ワシントンD.C.からの報告によると、3日の米紙ニューヨーク・タイムズは、米政府がサレハ大統領に見切りを付け、退陣に向けて協議に動き出していると報じている。
米国は長年、サレハ大統領を支援しており、バラク・オバマ大統領も表だってはサレハ氏批判を控えてきた。しかし、複数の政府高官が同盟国に対し、デモはイエメン全土に拡大しており、もはや政権維持は困難で、サレハ大統領は退任することが妥当と伝えたという。退陣をめぐる協議はすでに1週間以上前から始まっているという。【4月4日 AFP】
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国際テロ組織アルカイダ系団体「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」に対するテロ対策をサレハ政権に委ねてきたことが、これまでのアメリカによるサレハ大統領支援の理由ですが、1月以来の混乱・衝突を見ると、アメリカの方針変更はやや遅きに失した感があります。
なお、“AQAPには隣国サウジでの摘発を逃れた過激派が多数参加し、「反サウジ王室」をも公言している。かろうじて国内の秩序を保っているサレハ政権が崩壊すれば、AQAPの活動が活発化しサウジに“逆流”してくる可能性もある。現在は表立った活動を控えているザイド派も、テロやサウジへの越境攻撃を再開する恐れがある。また、旧南イエメンには、分離独立運動もくすぶる。”【2月20日 産経】ということで、サレハ政権崩壊によってアラビア半島の「火薬庫」イエメンの混乱が地域全体の不安定化につながりかねないとの懸念の指摘もあります。