孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  イスラエル大使館襲撃に見る「解き放たれた民意」と「中東で巨大な変化」

2011-09-11 20:31:22 | 北アフリカ

(9月9日 イスラエル大使館のコンクリート防御壁を破壊するエジプトの群衆 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6131034107/

歓声を上げる群集たちに向けて大量の外交文書を撒き散らす
「アラブの春」とも呼ばれる民主化運動で強権支配のムバラク政権が崩壊したエジプトですが、9日、軍最高評議会に改革の推進を要求する集会から派生したデモ隊がイスラエル大使館に乱入する騒動が起きています。
政権を倒した民衆の自信と、変革や経済状況が思いどおりに進まないことへの苛立ちが、反イスラエル感情を背景に噴出したものと見られます。

****エジプト政府が警戒態勢を宣言、デモ隊のイスラエル大使館襲撃で****
エジプト政府は10日、同国の首都カイロのギザ地区にあるイスラエル大使館が入居するビルをデモ隊が襲撃して警官隊と衝突したことを受け、警戒態勢を宣言した。

大使館襲撃は、ホスニ・ムバラク前大統領体制が崩壊した2月からエジプトを暫定統治している軍最高評議会に改革の推進を要求する集会を開いていた約1000人のデモ隊が、タハリール広場からイスラエル大使館に行進した9日に発生した。

デモ隊はビルの周囲の防護壁を大型のハンマーで破壊して大使館に侵入し、歓声を上げる群集たちに向けて大量の外交文書を撒き散らすなどしたため、エジプトの特殊部隊が大使館に突入して大使館内に取り残されたイスラエル大使館員ら6人を救出した。

■エジプト特殊部隊がイスラエル大使らを救出
あるイスラエル政府当局者が10日、イスラエルのエルサレムで匿名を条件にAFPに語ったところによると、大使館から救出されたのはイツハク・レバノン大使ら大使館員とその家族の計6人で、次席大使1人を残して全員がエジプトを出国した。次席大使はエジプト政府との接触を維持するためエジプト国内にとどまるという。

この当局者は「大使館に閉じ込められた6人は、現実的な生命の危険があった」と語るとともに、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が9日夜にエジプトの情報機関トップと連絡をとったことも明らかにした。

デモ隊は警察のトラックに放火したり、ギザ地区の警察本部を襲撃したりもした。エジプト保健省はこのデモにより、9日夜から10日にかけて心臓発作で1人が死亡したほか、約450人が負傷したと発表した。

■エジプト・イスラエル関係悪化
イスラエルのエフド・バラク国防相の事務所は、同国防相が10日早朝に米国のレオン・パネッタ国防長官に電話をして、カイロのイスラエル大使館の保護に協力を求めたことを明らかにした。バラク・オバマ米大統領は、エジプト政府にイスラエル大使館をデモ隊から守るよう要請した。これを受けてエジプトの兵士数百人と装甲車が現場に急行した。

武装勢力を追っていたイスラエル軍が8月18日にエジプトとの国境付近でエジプトの警察官5人を殺害したことについてエジプト政府はイスラエルに公式な謝罪を要求しており、カイロのイスラエル大使館前では大規模な抗議デモが繰り返されていた。
エジプトはアラブの国として初めて1979年にイスラエルと平和条約を結んで外交関係を樹立したが、ムバラク前大統領が辞任した2月以降、活動家の間ではイスラエルとの平和条約の見直しを求める声も上がっていた。【9月10日 AFP】
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イスラエル軍が8月18日にエジプトとの国境付近でエジプトの警察官5人を殺害した事件については、一時、駐イスラエル大使の召還を決めたとエジプト政府は発表しましたが、イスラエルのバラク国防相が8月20日、事件について遺憾の意を表明し、軍に事実調査を行うよう指示したことを受けて、エジプト政府も大使召還の発表を取り消しています。

これに関しては、“事態の悪化を懸念する各国の関係者が収拾に向けて、エジプト、イスラエル両国に働きかけを行ったとの情報もある”【8月21日 読売】とも伝えられています。
おそらく、両国関係悪化を懸念するアメリカがとりなしたのではないでしょうか。
政府間はなんとか抑制されましたが、エジプト民衆のイスラエルへの不満は、抗議デモが繰り返される形で解消されていませんでした。

今回の騒動は、国内的には、「アラブの春」による強権支配体制が崩壊した後の政情不安を懸念させます。
民主主義の基盤が十分整っていない社会で強権支配の重しがとれたとき、“解き放たれた民意”が過激な方向に走りやすいことを窺わせます。

6日には、ムバラク前大統領の第3回公判のテレビ中継が認められなくなったことで、不満を募らせた群衆が法廷外に殺到し、混乱する騒動もありました。

****ムバラク前大統領公判、中継無しに群衆暴れる エジプト****
エジプトの民衆革命の際、デモ参加者に対する発砲を命じた罪などに問われているムバラク前大統領の第3回公判が5日、カイロ近郊に設置された法廷であった。公判はこれまでテレビ中継されていたが、今回からは裁判長の判断で認められなくなり、不満を募らせた群衆が法廷外に殺到し、混乱した。

国営テレビなどによると、デモ参加者の遺族ら数百人が法廷に乱入しようとして、警官隊と衝突した。前大統領の支持者とも小競り合いとなり、複数の負傷者が救急車で運ばれたほか、数人が逮捕された。
法廷内でも、前大統領の弁護人と被害者遺族の代理人が殴り合いとなり、公判が一時中断した。この日は、デモ隊鎮圧に関わった警察幹部らが証言に立った。【9月6日 朝日】
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議会選挙は最大2カ月延長
政情安定には民主的選挙による民政確立が不可欠ですが、イスラム主義穏健派のムスリム同胞団以外の野党が十分に準備できていないことから、「アラブの春」を主導した若者たちからは選挙延期が求められています。
こうした要求に応じる形で、エジプト政府は、今年9月に予定されていた議会選挙の最大2カ月延長を決めています。早く民政を確立したいところですが、一定の準備期間も必要というジレンマがあります。

今後のエジプトの方向付けについては、ムスリム同胞団に代表されるイスラム主義勢力と、これに対抗する若者グループの対立があります。

****宗教国家に反対」エジプト中心部でデモ 千人超参加****
エジプトの首都カイロ中心部のタハリール広場で12日夜、民衆革命を主導した若者グループなどが呼びかけたデモがあり、千人以上の市民が「宗教国家に反対」「真の民主国家を」と叫んで気勢を上げた。
治安部隊に投石する参加者もいて、現場の軍将校によると、隊員と市民計10人が負傷した。
広場では7月末、保守的なイスラム主義者が大規模な集会を開き、「エジプトをイスラム国家に」などと要求。世俗派の若者たちが反発し、対抗するデモを呼びかけた。【8月13日 朝日】
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直接的な街頭行動に目覚めたエジプトにあって、今後、こうした異なる政治勢力間の対立激化も懸念されます。

【「中東で巨大な変化」】
国際的には、イスラエルをめぐる中東情勢の変化が見られます。
****イスラエル大使館襲撃 強権消え「アラブの春」のジレンマ****
エジプトの首都カイロでイスラエル大使館がデモ隊の襲撃を受け大使らが出国を余儀なくされた事件は、アラブの根底にある反イスラエル感情が噴出したものだ。民衆がデモで独裁的な政権を打倒し、国政に民意をより強く反映すべきだと自信を深めた、いわゆる「アラブの春」のひとつの帰結としてもとらえられる。

1979年にアラブ諸国で初めてイスラエルと平和条約を結んだエジプトは、30年に及んだムバラク前政権時代を通じ、外交的にはイスラエルと良好な関係を保ってきた。それはしかし、軍事的には太刀打ちできない同国との対立を避け、後ろ盾である米国から多額の援助を引き出すという打算の産物だった。
エジプトはイスラエルと4回戦火を交えたこともあり、反イスラエル感情は根強い。しかし、徹底した治安体制を敷いていた前政権下ではこうした感情が過激な抗議活動として表出することはなかった。

仮に今後、激しいデモ弾圧で国際的非難を浴びるシリアでもアサド政権が倒れる事態となれば、やはり国民の反イスラエル感情が噴出する懸念は強い。
パレスチナ自治区ガザ地区への支援船襲撃事件をめぐりイスラエルとの関係が極度に悪化しているトルコのダウトオール外相は「中東で巨大な変化」が起きていると指摘、イスラエルがこれまでのパレスチナ政策を転換しなければ孤立は免れないとの考えを示した。

イスラエルとの緊密な関係を中東外交の主軸としてきた米国も、“民主化”の波を受けたアラブ諸国の今後の外交姿勢に注視していかざるを得ないだろう。
エジプトで全権を握る軍部はこれまで米国から巨額の軍事支援を受けてきた。タンタウィ軍最高評議会議長は平和条約を維持する意向を示しており、イスラエルとの全面対立は何としても避けたいのが本音だ。
だが、「アラブの春」以前の強権に後戻りすることなく“民意”を制御することはできるのか、各国政府はジレンマに直面している。【9月11日 産経】
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昨年5月のガザ支援船団急襲事件をめぐるイスラエルとトルコの関係悪化については、昨日の9月10日ブログ「トルコ  昨年5月のイスラエル軍によるガザ支援船団急襲事件への対応をエスカレート」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110910)で取り上げたばかりです。
イスラエルは、これまでイスラム世界における数少ない支援国であったトルコとエジプトを同時に失いつつあります。イスラエルとの交渉の話もあったシリア・アサド政権も揺らいでいます。

イスラエルを支援するアメリカの影響力・資金を背景に、強権支配政権が国民の意向を抑え込む形でイスラエルとの関係を維持するという構図は、トルコのダウトオール外相が「中東で巨大な変化」と言うように、今大きく揺らいでいます。

今月20日の国連総会で、パレスチナ自治政府は国家として加盟申請する方針を崩していませんが、アメリカはこれを阻止する拒否権発動を公にしています。
ただ、アメリカとしても「中東で巨大な変化」が進む現状で、アラブ世界との対立を先鋭化させる拒否権発動という「悪いシナリオ」は避けたいところでしょう。
「四面楚歌」状態になりつつあるイスラエル、アラブ世界との関係も維持したいアメリカともに、これまでの方針の見直しが求められています。
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