(イギリス政治の台風の目になりつつある反EU・反移民の英国独立党(UKIP)を率いるナイジェル・ファラージュ党首 “flickr”より By Derek Bennett https://www.flickr.com/photos/127522638@N07/15222941009/in/photolist-pccy1a-pcF3LF-pcDL96-5yiLSg-du2jyn-du2iYP-du81LC-du2kfi-du7TB7-du2hnK-du2gNR-bAFxma-5LdXmg-5yincK-oRKo7P-du2q6R-du2oVi-du7T25-6gtNc6-ngKBFf-8yUzkr-8yUz8V-8yXErU-8yUzwc-cyGqAf-nXAdN4-5GhitL-bnLFz3-bnLAxJ-bnLEBY-e9mVRF-e9sHZ1-e9sHXh-e9sJ1f-e9sHVU-e9sJ31-e9sJ4j-e9mVPB-g75N8k-g75Pi7-g75Ngg-g77fEt-g76Kcb-dpYjyc-ddqVVf-ddqRQ1-ddqPku-ddr75q-635UXw-nsRsZs)
【「わたしは怒っている。支払うつもりはない」】
“欧州連合(EU)は24日、ブリュッセルで首脳会議(サミット)を開き、経済成長と雇用拡大に向けた対策を話し合った。デフレの瀬戸際にあるユーロ圏のサミットも急きょ開かれ、景気低迷にあえぐフランスやイタリアが財政出動による景気対策を訴えた。国際的な圧力も高まり、財政規律を重視するドイツへの包囲網は狭まっている。”【10月25日 朝日】
ゼロ成長に沈み、失業率は10%超で高止まりしているフランスのオランド大統領が「財政規律のルールは守る。ただし最大限の柔軟性のもとに」と柔軟対応を求めたのに対し、“EUの優等生で、財政の健全化に先んじたドイツ。メルケル首相は、財政赤字が積み上がり、成長もしないこれまでの欧州の歩みを振り返り、「過去から学ぶべきだ」と語った。”【同上】とのこと。
このあたりの綱引きは以前から繰り返されているところですが、興味を引いたのはイギリス・キャメロン首相が机を叩いて激怒したという話です。
****EUの巨額追徴に怒り爆発=不払いを宣言―英首相****
「突然の巨額追徴にわたしは怒っている。支払うつもりはない」。キャメロン英首相が24日、ブリュッセルで開催された欧州連合(EU)首脳会議で、EUへの財政負担として、21億ユーロ(約2800億円)を追加で支払うよう通告されたことに怒りを爆発させる場面があった。
EUは各国の富裕度などに基づいて加盟国の負担金を算出しているが、英国の富裕度が従来見込みよりも大きかったことが判明。こうした調整はこれまでも実施されてきたが、EU統計局が国内総生産(GDP)などの経済指標の算出に新たな基準を採用したため、追徴額が大幅に膨らむ形となった。【10月25日 時事】
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欧州委員会のバローゾ委員長は、各国が同意したルールにしたがって手続きを行ったと強調していますが、キャメロン英首相は断固拒否する姿勢です。
【来年5月の総選挙での躍進を狙う反EU政党】
キャメロン首相が激怒する背景には、イギリス国内で高まるEUへの不信感があります。
EUからの離脱と移民受け入れの凍結を主張する英国独立党(UKIP)が急速に支持を拡大しており、UKIPの人気上昇に危機感を抱く保守党議員は政府への圧力を強め、キャメロン首相は昨年1月、2015年総選挙で勝利した場合、2017年半ばまでにEU離脱の是非を問う国民投票を実施すると公約しました。
統合深化のなかでEUによる国家主家を制約するような傾向に不満を持つキャメロン首相ですが、キャメロン首相自身はさすがにEU離脱は非現実的と考えていると思われます。
英国民をなだめるためにもイギリス主権を尊重する方向でのEU改革を求めていく状況にあるのに、21億ユーロの追徴など受け入れたら国内世論は更にEU離脱に傾き、流れが止められなく恐れもあります。
英国独立党(UKIP)台頭を明確に示したのは、5月に行われた欧州議会選挙でした。
この選挙で、UKIPは保守、労働の2大政党を抑え議席数トップに躍り出ました。
****第一党に独立党 英の離脱論勢い****
英国のキャメロン首相は26日、欧州議会選でEUからの離脱を主張する英国独立党が第一党となったことを受け、「国民はEUに変化を求めている。英国はEU改革を求めていく」と述べた。
台風の目となった脱EU派が、EU残留・離脱を問う英国での国民投票にも影響を及ぼすことは避けられない情勢だ。
英国での投票では、独立党が前回比約11ポイント増の27.5%を得票、同じく約10ポイント増の野党・労働党の25.4%、約4ポイント減の与党・保守党の23.9%を引き離す形で、「歴史的勝利」(英BBC放送)を収めた。
独立党のナイジェル・ファラージュ党首は25日夜、勝利宣言し、「夢は現実のものとなった」と述べ、保守党、労働党に次ぐ「第3の勢力」として来年の総選挙での勝利に向けて勢力を傾注していく姿勢を示した。
独立党は、保守党と連立与党を組む自由民主党(約7ポイント減の6.9%)の凋落(ちょうらく)につけ込み、政権参画を狙うものとみられる。
今回の連立与党大敗の背景にあるのはロンドンなど中央と地方の格差が拡大する現状への不満であり、来年の総選挙では脱EUが最大の争点にはならないという見方が根強い。
だが、キャメロン首相が2017年末までに実施すると約束したEU残留・離脱を問う国民投票の前倒しを含め、不満勢力への対策が急務だとの声は保守党内にも強い。英政権は、EUの欧州統合政策とは距離を置くとみられる。【5月27日 産経】
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イギリス下院は完全小選挙区制で、しかも選挙区は日本に比べかなり小規模です。(10月9日に補欠選挙が行われた2選挙区の場合、有権者数は7万人弱~8万人弱程度)
従って、政党の地方支部の強弱が結果を決めるとも言われ、強固な地方支部を有する2大政党に勝利するには高いハードルがあります。
また、EU対応のみが争点となる欧州議会選挙と異なり、総選挙となると争点は経済問題など多岐にわたり、EU対応が投票を左右する訳でもありません。
そうしたことから、国民の支持を拡大する英国独立党(UKIP)ですが、総選挙での大量の議席獲得は困難とみられています。
もっとも、流れはUKIP拡大の方向にあります。
10月9日に、保守党からUKIPに鞍替えした議員に係る補欠選挙が行われましたが、この選挙でUKIPに鞍替え・再出馬した議員が圧勝し、初議席を獲得しました。
****反EU政党が初議席=英下院補選****
英南部クラクトン選挙区で9日、与党・保守党の下院議員ダグラス・カーズウェル氏が反欧州連合(EU)を掲げる英独立党(UKIP)にくら替えして議員辞職したことに伴う補欠選挙が行われ、即日開票の結果、UKIPから再出馬したカーズウェル氏が、保守党や最大野党・労働党などの候補を大差で抑えて当選した。
UKIPが下院で議席を得るのは初めてで、来年5月の総選挙を控え、保守党を率いるキャメロン首相にとっては大きな痛手だ。【10月10日 時事】
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この議員は保守党時代からの地方で活動してきた人物で、個人的なネットワークをすでに築いていますから、先述ような小選挙区で有利な戦いをすることは想定されていたところです。
UKIPの与えた衝撃としては、この日行われたもうひとつの補欠選挙の方が大きいと思われます。
****イギリス政治を転換させるUKIP****
・・・・もう1つの補欠選挙は、労働党の現職下院議員が死去したために行われた。そのため、労働党が余裕をもって当選すると見られていた。
通常、補欠選挙では、政権政党を批判して野党に支持が集まる。実際、この補欠選の前の週に行われた2つの世論調査では、その見込みを裏付ける結果が出ていた。
ところが、投票では、当選した労働党候補と次点のUKIP候補の差がわずか600票余りで、政界に大きなショックを与えた。
なお、この世論調査の結果と実際の投票結果の差は、投票日の直前に有権者の支持が大きく変化したためではないかという見方がある。UKIP関係者は、もう数日選挙運動の期間があれば、労働党を破っていたと言っているそうだ。
いずれにしても、補欠選挙の結果のわかった後に行われた世論調査で、UKIPの支持が大きく伸びており、保守党31%、労働党31%、自民党7%、そしてUKIP25%だった。
UKIPはこれまでの常識を覆して有権者の支持を集めており、来年5月に行われる予定の総選挙でUKIPが台風の目となるのは確実である。(中略)
この有権者の不満を引き起こしているのは、既成政党への不信と失望であるといえる。ところが、既成政党は、小手先の政策論争で有権者の支持を得ようとしている。既成政党に「夢」が感じられない。この問題を解決することなしには、UKIP現象はまだまだ発展しそうだ。
地方組織の強くないUKIPは2010年の総選挙で議席を獲得できなかったが、次期総選挙では、25議席獲得するかもしれないという見方もある。
大手世論調査会社YouGovの社長は、10-12議席がより現実的だとするが、少し前まで1議席の獲得も疑問視されていた政党である。イギリスの政治が大きな転換期に来ているといえる。
【菊川智文氏「British Politics Today」10月12日】http://kikugawa.co.uk/?cat=27
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このUKIP躍進の要素を現状程度とすれば、保守党・労働党の支持率は30%台で拮抗していますが、接戦区で優勢にある労働党が2015年総選挙を制すると見られているようです。
上記菊川智文氏のサイトによれば、“イギリスの賭け屋では、最多の議席を獲得するのは労働党という見方が優勢で、保守党との差を徐々に広げている。”とのことです。
ただ、これまで保守党支持層を奪ってきたUKIPは労働党支持層をも浸食しつつあるとのことで、今後更にその支持を広げる可能性もあります。
【英国独立党(UKIP)の政策】
UKIPは“EUから離脱すれば、EU内の移動の自由の原則を守る必要がなく、移民の流入を自由に制限できる”という議論で有権者を惹きつけています。
UKIPの国内政策については、以下のようにも紹介されています。
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UKIP は、次期総選挙に向けて国内政策を整え始めた。その手始めは、税制である。最低賃金(現在の時給£6.31(1,080 円))で働いている人たちの所得税をゼロとし、しかも最高税率の45%を40%に下げる方針を明らかにした。
前者も後者もかなりの税収減となると見られているが、それぞれ労働党支持層と保守党支持層の票の獲得を目指したものである。
さらにこの税制案の財源を確保するため、財政緊縮の中でもキャメロン首相が毎年大きく増加させている海外援助費を削減することを考えている。
海外援助費は 2015 年度には122 億ポンド(2 兆円)になる予定である。
賃金が上がらないのに物価が上がり、国民が生活費危機で苦しんでいるにもかかわらず、海外援助を大きく増やすことに批判的な人々を惹きつけることができる。【菊川智文氏「British Politics Today」6月3日】
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労働党支持層と保守党支持層双方に利益をばらまく政策で、いささか現実性を疑う感もあります。
何より、グローバル化に逆行してEUから離脱し、海外援助費を削減し、内向き・孤立を強める政策で、イギリスが政治・経済的にどうやっていくのか・・・賢明な選択とは思えません。
それでも、生活苦がのしかかり、移民増加への反感を強める国民には、現状とは全く異なる出口を提示してくれる単純明快な主張が受け入れられやすいのでしょう。
2015年総選挙の結果およびその後の政権の形次第で、2017年のEU離脱を問う国民投票が行われるかどうかも決まってきます。
先のイングランド独立を問う住民投票はかろうじて乗り切ったイギリスですが、実際にEU離脱を問う国民投票を行うという話になると、また大荒れの展開になります。