(ジーンズを縫う、シリア難民のマフムード・オマル。「できるだけ早く独り立ちしたい。そうすれば自分を受け入れてくれたこの国にお返しすることができる」【1月6日 東洋経済online】)
【昨年、地中海で死亡した難民らは5000人超】
一昨年、昨年、欧州を揺るがしている難民問題。
流入する難民数は減少しているものの、未だ止んでおらず、今年も難民への対応が大きな政治課題となっています。
****地中海経由の難民36万人=16年、前年の3分の1―欧州****
欧州対外国境管理機関(FRONTEX)は6日、2016年に地中海を渡って欧州に到達した難民や移民の数が推計で36万4000人となり、15年の約3分の1に減少したと発表した。
トルコからギリシャに入った難民らの数は18万2500人で、15年から約8割減少。欧州連合(EU)が16年3月にトルコと合意した難民流入抑制策が「大きな要因」となった。
一方、北アフリカから主にイタリアに向けて地中海中部を渡った人の数は過去最多の18万1000人に上った。(後略)【1月7日 時事】
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欧州へ渡る地中海で命を落とした難民らは昨年は5000人を超え、過去最高となっています。
****地中海で死亡・不明の難民ら急増 昨年、5079人に****
国際移住機関(IOM)は6日、2016年に欧州を目指して地中海を渡航中に死亡したり、行方不明になったりした難民・移民らが5079人に上ったと発表した。
14年(3279人)、15年(3777人)から大幅に増えた。地中海経由で16年に欧州入りした難民・移民は36万3348人だった。(後略)【1月7日 朝日】
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【野宿・キャンプ暮らしの難民らを襲う寒波】
ギリシャに代って難民らの玄関口ともなっているイタリアは、EU各国の受入が進まない状況を批判しています。
****イタリアへの移民が今年過去最高に、3年で50万人超が流入****
イタリア内務省は30日、今年海を渡ってイタリアに到着した移民が昨年より2割増えて、過去最高となったことを明らかにした。過去3年間では計50万人超が流入したという。
内務省の報道官は、移民数の急増による危機に対処する上で、欧州連合(EU)加盟国の協力が欠けていると、あらためて指摘した。(中略)
欧州連合(EU)加盟国は、2015年に4万人の亡命希望者をイタリアから受け入れると約束したが、今のところイタリア以外の国に移住したのは2654人にとどまっている。いくつかの国は受け入れを一切認めなかった。(後略)【12月31日 ロイター】
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そして今、受け入れを拒まれてキャンプでの生活を余儀なくされている難民らに厳しい寒波が襲い掛かっています。
****寒波が欧州襲う 各地で難民に被害、死者も****
欧州各地が強い寒波と積雪に覆われ、防寒設備のほとんどない場所で暮らす大勢の難民や移民が窮状に陥っている。AFP通信によれば、ブルガリアにいた難民など数十人が寒さのために死亡した。
ドイツ連邦警察は、子ども5人を含む難民19人が8日、マイナス20度の気温の中でバイエルン州の幹線道路沿いに停めたトラックの社内に放置されて低体温状態で見つかったと発表した。運転手がトラックを乗り捨てたため、暖房もない車内に何時間も取り残されていたという。
ブルガリアでは、イラクから来た男性2人とソマリア人の女性1人がトルコとの国境に近い山間部で見つかり、寒さのために死亡した。
セルビアの首都ベオグラードでは使われなくなった倉庫1棟に身を寄せる数百人が極端な寒さにさらされている。援助団体の職員によると、難民たちは倉庫内で火をたいて暖を取っているといい、病人も増えている。
人権団体アムネスティ・インターナショナルの担当者は「こんな環境で生きていられることに驚く」と絶句した。【1月10日 CNN】
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温暖な気候のエーゲ海の島でも所々で雪に見舞われています。
****ギリシャ難民キャンプに降雪 テント倒壊、低体温症も****
欧州各地が強い寒波と積雪に覆われ大勢の難民や移民が窮状に陥っている。
4000人以上が身を寄せるギリシャ・レスボス島のモリア難民キャンプは6日に雪が積もり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は9日、テント暮らしをしていた男女や子どもなど120人あまりをホテルに移動させたことを明らかにした。
しかしボランティアによれば、同キャンプではまだ数千人が屋外のテント暮らしを続けている。
一方、ギリシャ移民相は5日の記者会見で「寒さの中で暮らしている難民や移民はもういない」と説明。セサロニキ近郊や首都アテネに一握りのテントが残っているにすぎないと述べたという。
モリア難民キャンプでボランティアをしている住民がCNNに提供したビデオには、雪の重みで倒壊したと思われるテントが映っている。レスボス島はこの冬、15年ぶりの寒波に見舞われているといい、「まだ死者が出ていないのが不思議なくらい」と住民は言う。
人道支援団体の代表は、難民の中には冬の装備を持たない人も多く、数人が低体温症にかかっていると話し、「悪天候がかなり長い間続いている。ギリシャは常夏のビーチの国と思われているが、現実は程遠い」と指摘した。
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【欧州政治を揺るがす難民問題 メルケル首相は基本姿勢維持 一方で、現実対応も】
押し寄せる難民らの波は、排外主義・局勢力の台頭、反EU感情の高まりといった形で、欧州各国の政治・社会を大きく揺さぶっています。
****テロや移民流入が排外主義・EU批判を後押し 右派は支持拡大へ危機感あおる****
ベルリンで先月19日に起きたトラック突入テロで、重要な選挙を控えるオランダ、フランス、ドイツの大衆迎合主義(ポピュリズム)的な右派政党は攻勢を強めている。
欧州の治安情勢への不安の声が消えないなか、移民・難民の受け入れに反対する排外的な主張や、欧州連合(EU)への批判にテロを利用している格好だ。
「臆病な政治指導者らが、国境開放策でイスラム過激派テロリストと難民を呼び入れた」。オランダ自由党のウィルダース党首は突入テロ発生後、ツイッター上でこう主張した。
突入テロの実行犯はチュニジア人の男で、2015年夏にドイツに入国。難民申請を却下され、当局は危険人物だとマークしながら犯行を防げなかった。警官に射殺されたイタリア北部まではオランダとフランスをへて逃走していた。ウィルダース氏は男が「オランダでもテロを起こせた」と警告する。
欧州では15年、中東や北アフリカから大量の難民・移民が流入。同年11月のパリ同時多発テロでは実行犯の一部が難民を装って欧州に侵入していたことから、「シェンゲン協定」で国境検問を廃し、自由往来を認めた欧州諸国の治安上の課題も浮き彫りした。突入テロはその危険性を思い起こさせた面がある。
事件後、FNのルペン党首は「シェンゲンによる治安の崩壊」だと批判し、AfDのペトリ党首も「難民政策の見直しが必要」と主張。治安問題と、イスラム教徒やEUへの敵対的な主張にテロを絡めて訴える「重要な機会」(専門家)だとしている。
一連の選挙でこうした課題が争点になるのは必至。仏大統領選の中道右派候補、フィヨン元首相は「欧州全体で追っていたテロリスト」がフランスに入国していたことを問題視。寛容な難民対応が批判にさらされているドイツのメルケル首相も、「必要な対処を迅速にとる」と危機感を隠さない。【1月2日 産経】
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受入国を代表するドイツ・メルケル首相は、基本的には難民受け入れ政策を変更するつもりがないことを強調しています。
****メルケル氏「難民受け入れ正しい」 新年あいさつで訴え****
ドイツのメルケル首相は12月31日、新年を迎えるにあたって国民向けにメッセージを出し「最大の試練は疑いなく、イスラム過激派によるテロだ」と語った。
年末に起きたベルリンでのテロ事件や、昨夏のバイエルン州での難民申請者らによる襲撃事件について触れ、「我が国に助けを求めにきた人々によってテロがなされるのは、とりわけつらいことだ」と述べた。
一方で、難民受け入れ政策について、「シリアのアレッポの破壊された光景を目にするにつけ、保護を必要とする人々を助け、統合していくことがいかに重要で正しいのかということを再度申し上げたいと思う」とも語り、政策を変更するつもりがないことを強調した。【1月1日 朝日】
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ただ、政府・当局の対応はかなり変わってきているとも指摘されています。
****政府の変わり身****
・・・・さて、そんな状況で迎えた2016年の大晦日。前年修羅場となったケルンでは、醜聞を繰り返すまじの決意とともに、中央駅前広場を柵で囲み、防弾チョッキと武器で身を固めた1700人の警官が立ちはだかった。
普段なら大晦日に皆が打ち上げる花火も持ち込み禁止。また、最新の監視カメラも大量に設置され、広場の一角には、何かあったときに駆け込める避難施設も作られた。
そして当日、この厳戒態勢のところにまさか難民は来るまいと思ったら、それが大間違いだった。彼らは続々とやって来た。
数ヵ所の入り口で厳重な検査が行われた結果、去年の犯人像と合致する人物、約900人が退去を命じられたという。同時刻に、ちょうどケルンの中央駅に向かっていた列車にも、同様の人間が約300人乗っていることが判明したため、列車は一つ前の駅で止められ、男たちは降ろされた。
肝心の野外パーティーの方は、市民が最初から敬遠したのか、映像を見る限りガラガラだった。(中略)そして翌日、当局が、すべてが平穏無事に終わったことを報告した。
ところが、ここでまた、ちょっとした騒ぎが持ち上がった。何にでも必ず文句をつける緑の党の代表が、警察が広場に入れる人間を風貌でセレクトしたことを人種差別的であると批判したのだ。確固とした容疑もなく、個人の自由行動を制限するのはけしからんと。
それに対する警察の反論は「風貌で抽出したのではなく、徒党を組んでいる者、大量に酒を飲んでいたと思われる者、暴力的な態度の者などを取り締まった結果、それが一年前の容疑者の風貌と一致しただけ」。
さて、このあとの国民の反応が興味深かった。警察の行動を高く評価する声が炸裂したのだ。ソーシャルメディアには警察への感謝を伝える声が溢れ、ケルンの地方紙には、「緑の党の代表は警察に謝罪すべき」という意見まで載った。
これまでドイツ政府は、「難民は弱き者で、それを助けるドイツ人は善」という線を崩さず、そこに疑問を差し挟む国民を押さえつけてきた。しかし、今、国民はそれを振り切り始めたようだ。
慌てた政府は、あっという間に意見を変えた。いや、そのチャンスを待っていたに違いない。180度意見を変えるチャンスは今をおいて他にはない。秋には総選挙がある。
それにしても、彼らの変わり身のなんと早いこと! 【1月6日 川口 マーン 惠美氏 現代ビジネス “ついに「難民批判」を解禁したドイツ政府の驚くべき変わり身 きっかけはベルリン・クリスマステロ”より】
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そうした“変わり身”(あるいは“現実対応”)もあってか、度重なる難民関連のテロにもかかわらず、メルケル首相の支持率はあまり落ちていないようです。
****メルケル首相、支持率56% テロ事件の影響受けず****
ドイツ公共放送ARDの1月の世論調査によると、メルケル首相の支持率は前月比1ポイント減の56%だった。12月19日にベルリンで起きた難民申請者によるトラック突入テロ事件の影響が注目されていたが、支持率に大きな影響はなかった。
昨夏に南部バイエルン州でテロが相次いだ後の9月発表の世論調査では、寛容な難民政策を続けてきた首相への逆風が強く、支持率は45%と5年ぶりの低さを記録。同月の州議会選挙で与党は苦戦を強いられた。
調査は今月2日から4日にかけて実施された。
調査では回答者の約7割が「ドイツは安全だと感じる」と答えた。政党の支持率でも与党キリスト教民主・社会同盟は37%と前月比で2ポイント上昇。難民排斥を訴える新興右派政党ドイツのための選択肢(AfD)は同2ポイント増の15%だった。一方、社会民主党、緑の党は支持を減らした。(後略)【1月6日 朝日】
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【重要な受け入れ後の対策 「自分の才能が役に立ち、必要とされていることが分かれば、前に向かって進んでいけると実感できる」】
EUにあっては、難民受け入れ数に上限を設けるかどうかが議論となりそうです。これまでメルケル首相は上限設定に反対しています。
****難民受け入れ数上限、提案へ=EU全体で―オーストリア****
オーストリアのドスコツィル国防・スポーツ相は、欧州連合(EU)加盟国全体として難民受け入れ数に上限を設ける案をEUに提示する方針を明らかにした。ドイツ紙ビルト(電子版)が5日、報じた。
ドスコツィル氏の案によると、各国が設定する上限数を基にEUの受け入れ総数を決める。また、EU域外に難民申請の審査施設を置き、違法な流入を抑える。
オーストリアは既に難民受け入れ数の上限を設けている。ドスコツィル氏は同紙に「欧州の誤った難民政策に終止符を打つことが大事だ」と語った。
ただ、ドイツのメルケル首相は上限設定に反対しており、EU加盟各国の賛同を得られるかは微妙だ。【1月6日 時事】
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受け入れるにあたっては、受入後の難民らの社会への統合をいかに確保していくかが重要になります。
そうでないと、疎外された難民らのなかには犯罪・テロに走る者も出てきます。
****欧州に渡った難民の知られざる過酷な生活****
戦火を逃れても厳しい生活が続く
ここはオランダの首都アムステルダムにある、かつての刑務所の建物を利用した難民の居住施設だ。地下の作業場では、マフムード・オマル(28)がミシンに向かい、人気ファッションブランドのジーンズを縫っている。
シリアで仕立て職人として15年以上働いた経験をもつオマルは、手早く1本縫い終えると次を縫い始めた。
この仕事は、難民の職探しに協力しているオランダの団体「リフジー・カンパニー」がお膳立てしたものだが期限付きだ。だが内戦のさなかの故郷アレッポから脱出して2年、毎日通うところがあることだけでも救われた気分だと彼は言う。
「(オランダ社会に)早くなじむには働くことが欠かせない」とオマルは言う。まだオランダ語はうまく話せず、それがフルタイムの仕事を見つける障害となっている。「できるだけ早く独り立ちしたい。そうすれば自分を受け入れてくれたこの国にお返しすることができる」
100万人以上の移民が欧州へ
2015年に中東・アフリカ地域から紛争や貧困から逃れて欧州に流れ込んできた人々の数は100万人を超える。彼らを同化させる最も早い手段として各国政府が目を付けたのが労働市場だった。仕事に就くことができれば、政府の援助から抜け出せるし、経済にも貢献してもらえるというわけだ。
だが、難民が安定した仕事を見つけるのはなかなか難しい。言葉の壁もあるし、技能面でのミスマッチも大きな問題だ。きちんとした就業経験のない難民もいれば、プロとしての技能や資格、学位があるのに認めてもらえない例も多い。
そこで欧州各地で民間団体が支援に立ち上がった。これらの団体ではプロとしての技術をもつ難民に仕事を斡旋したり、雇用に必要な技能を伸ばすための支援を行ったりしている。冒頭のリフジー・カンパニーもそのひとつだ。
(中略)「難民の立場から言うと、自分の才能が役に立ち、必要とされていることが分かれば、前に向かって進んでいけると実感できる」とアサドは言う。(中略)だが就労支援は一筋縄ではいかなかった。
オランダやドイツといった国々は、難民の就労が容易になるよう法律を改正し、何カ月も何年も待たずとも、早い時期に仕事を始められるようにした。欧州企業も何万人もの優秀な難民を受け入れ始めた。
正規雇用にこぎ着けたのはごく1部
だが難民たちが手にした職はインターンシップや職業訓練プログラムといったものが多く、長期的な雇用にはつながっていない。
ドイツでは就業している難民が3万人ほどいるが、そのほとんどが有期雇用か、政府が斡旋した簡単な仕事(時給1ユーロ程度)に就いている。そうした仕事は難民がドイツ社会と接触する機会にはなっているものの、正規雇用につながるものではない。(中略)
だが雇用側から見れば、オランダ語や英語が流暢に話せない彼は採用しにくい相手だ。
シリアをはじめとする教育制度の異なる国々で取得した学位や資格が欧州の企業では認められず、不利な立場に立たされるケースも少なくない。採用に必要な技能や厳しい訓練を受けた経験がないまま、欧州に来た人もいる。
リフジー・カンパニーのフルー・バッカー常務理事がこの団体を立ち上げたのは、すぐに仕事が見つかれば同化も早く進むだろうという考えからだった。書類手続きに追われたり、きちんとした職が見つかるまでに何カ月もかかるよりずっといいというわけだ。(中略)
「職場にいてオランダの人々と交流するだけで、社会の一員になれた気がする」とオマルは言う。(後略)【1月6日 東洋経済online】
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